「きゃっ!?」

「うわっ!?」

 

 とと、危ないっ!

 渡り廊下を駆けていたら、曲がり角から出てきた女生徒にぶつかりかけてしまった。

 

「ごめんっ! 大丈夫!?」

「気をつけなさい! …あら? 直枝理樹?」

「あ、二木さん」

 

 その人物は二木さんだった。 見回りでもしていたのかな?

 ……見回り……! そうだ!

 

「二木さんっ! クドを見なかった!?」

CLANALI3  第九話

「クドリャフカ? …ええ、見たわ。 後姿だけだったけど」

「どこで!?」

「…何? また鬼ごっこでもしているのかしら? 遊ぶのは多少容認するとしても限度を、」

「ごめん! 違うんだ! 教えて、どこで見たの!?」

 

 二木さんの目を正面から見据える。

 少し驚いたみたいだけど、直ぐに真剣な表情に変わり僕を見つめ返してきた。

 

「…何かあったのね?」

「うん。 …でもこれは、僕の口からは教えられない事なんだと思う。 ただ…」

「ただ?」

「…早く会わないといけないんだ、僕は」

 

 さっきの出来事。

 それが頭の中でぐるぐると駆け巡る。

 

「……」

「……」

「…いいわ。 あの道なら、多分あの娘は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…クド? いるんだよね?」

 

 僕は二木さんが予想した場所、家庭科部の部室に入った。

 扉に鍵がかかっていないっていうことは……

 

「どーしてきたのですか、リキ?」

「クド…」

 

 クドは部屋の隅にいた。

 畳の上で、膝を抱えて。

 自分の顔を見ないで欲しいと訴えるように。

 

「まわれみぎですよ、リキ」

「え?」

「このたいみんぐで私に声をかけてはいけないのです。 ずるい私は、きっと止まらなくなってしまうのです」

「ずるくなんて、」

「ずるいのですっ!」

 

 クドが顔を上げる。

 

 …クドは……

 ひとりきりで泣いていたんだ。

 

「私だけじゃないのは知っていたのです! 皆さん…皆さんが同じ気持ちなのはわかりすぎていたのです! なのに……

  それなのに抜け駆けしてしまいましたっ…… 勢いだけで、後先考えずに……こんちくしょー、なのです…」

 

 僕はゆっくりとクドに近寄る。

 

「…そんな事、考えてはいけないのに… こんな形はずるいのに…」

 

 クドの目の前で、片膝をついた。

 

「それでもっ! リキが来てくれた事、嬉しく感じてしまうのですっ!」

 

  ぎゅっ…

 

 僕に抱きついてきた、小さくて…強くて…でも、弱い女の子。

 クドの気持ちが、僕の中に沁みこんで来る。

 ……だからこそ。

 想いを伝え返さないといけないんだ。

 

 自分でも感じ取れるほど、形になったこの想いを。

 

 

 

「…クドはいつもさ、」

「……」

「自分には魅力が無い…とか、もっと大人の女性になりたいです…とか言うよね?」

「……」

「そんなことないんだよ? だって、僕は今、クドが女の子って事を十分に感じてるんだから」

 

 ぴくっと、少しだけクドが反応する。 ……うん、僕も恥ずかしいんだよ?クド

 

「それに、ずるくなんてないんだ。 きっと…こういう事に、決まったルールなんて無いんだよ」

「…でも、先に言ってしまったのです…」

「…順番待ちなの? それこそおかしいよ。 想いを持った人が、溢れちゃった人が相手に伝えるんでしょ?」

「……」

 

 この先を言葉にするのは…怖い。 変わってしまうかもしれないから。 きっと、今までと同じままじゃ、いられないから。

 でも…、それでも。

 

 大切なこの女の子に、嘘はつきたくない。

 

「ありがとう、クド。 想いを教えくれて」

「でも、あんな形だったのです…」

「関係ないよ、そんなこと」

「…おとめにとってはいちだいじなのです…」

 

 見えないけど、きっと少しだけ笑顔になってくれたんだと思う。

 そう、信じて。

 僕を抱きしめるクドの両肩に、そっと手を置いた。

 

「…リキ」

 

 クドの顔が、少しだけ離れる。

 

「だから、僕も精一杯答える。 嘘や言い訳をしたくないから…… クドは、大切な女の子だから」

「……はい…」

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

 

 

「……」

「嬉しいけど、クドのこと好きなんだけど…… ごめん。 僕は、クドを恋人には出来ないんだ」

 

 自分の気持ちを、言葉にした。

 

 

 クドはゆっくりと、やわらかく…… 

 とても小さく、『わふっ…』っと笑いかけてくれた。

 

 

「知っていました…」

「……」

「だから、焦ってしまったのですね… 私は…」

「……」

 

 笑顔のまま続けるクド。

 だからこそ、僕は泣くわけにいかない。

 涙が勝手に滲むけど、零しちゃいけないんだ。

 

「リキは、皆さんの事が好きなんですよね…?」

「…うん」

 

「皆さんが、大切なんですよね…?」

「…うん」

 

「でも…… その大切な皆さんの中に、特別な人が…いるんですよね…?」

「……うん」

 

「わがままをゆるしてくださいね、リキ…」

 

 クドはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、僕に背を向けた。

 僕も、立ち上がる。

 …今、僕に見えるのは、彼女の小さな背中と…

 

 

 とてもきれいな、彼女の後ろ髪。

 

 

 

「その人は……   ……さんですよね?」

 

 

 

 クドの表情は見えない。

 

 僕の表情も、見ることはできない。

 

 

 

「うん…  僕は、彼女が…大好きなんだ…」

 

 

 

 想いを伝えてくれた、大切な女の子だから。

 本当の思いを。

 

 偽ることなく、クドに伝えた。

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