「きゃっ!?」
「うわっ!?」
とと、危ないっ!
渡り廊下を駆けていたら、曲がり角から出てきた女生徒にぶつかりかけてしまった。
「ごめんっ! 大丈夫!?」
「気をつけなさい! …あら? 直枝理樹?」
「あ、二木さん」
その人物は二木さんだった。 見回りでもしていたのかな?
……見回り……! そうだ!
「二木さんっ! クドを見なかった!?」
「クドリャフカ? …ええ、見たわ。 後姿だけだったけど」
「どこで!?」
「…何? また鬼ごっこでもしているのかしら? 遊ぶのは多少容認するとしても限度を、」
「ごめん! 違うんだ! 教えて、どこで見たの!?」
二木さんの目を正面から見据える。
少し驚いたみたいだけど、直ぐに真剣な表情に変わり僕を見つめ返してきた。
「…何かあったのね?」
「うん。 …でもこれは、僕の口からは教えられない事なんだと思う。 ただ…」
「ただ?」
「…早く会わないといけないんだ、僕は」
さっきの出来事。
それが頭の中でぐるぐると駆け巡る。
「……」
「……」
「…いいわ。 あの道なら、多分あの娘は……」
「…クド? いるんだよね?」
僕は二木さんが予想した場所、家庭科部の部室に入った。
扉に鍵がかかっていないっていうことは……
「どーしてきたのですか、リキ?」
「クド…」
クドは部屋の隅にいた。
畳の上で、膝を抱えて。
自分の顔を見ないで欲しいと訴えるように。
「まわれみぎですよ、リキ」
「え?」
「このたいみんぐで私に声をかけてはいけないのです。 ずるい私は、きっと止まらなくなってしまうのです」
「ずるくなんて、」
「ずるいのですっ!」
クドが顔を上げる。
…クドは……
ひとりきりで泣いていたんだ。
「私だけじゃないのは知っていたのです! 皆さん…皆さんが同じ気持ちなのはわかりすぎていたのです! なのに……
それなのに抜け駆けしてしまいましたっ…… 勢いだけで、後先考えずに……こんちくしょー、なのです…」
僕はゆっくりとクドに近寄る。
「…そんな事、考えてはいけないのに… こんな形はずるいのに…」
クドの目の前で、片膝をついた。
「それでもっ! リキが来てくれた事、嬉しく感じてしまうのですっ!」
ぎゅっ…
僕に抱きついてきた、小さくて…強くて…でも、弱い女の子。
クドの気持ちが、僕の中に沁みこんで来る。
……だからこそ。
想いを伝え返さないといけないんだ。
自分でも感じ取れるほど、形になったこの想いを。
「…クドはいつもさ、」
「……」
「自分には魅力が無い…とか、もっと大人の女性になりたいです…とか言うよね?」
「……」
「そんなことないんだよ? だって、僕は今、クドが女の子って事を十分に感じてるんだから」
ぴくっと、少しだけクドが反応する。 ……うん、僕も恥ずかしいんだよ?クド
「それに、ずるくなんてないんだ。 きっと…こういう事に、決まったルールなんて無いんだよ」
「…でも、先に言ってしまったのです…」
「…順番待ちなの? それこそおかしいよ。 想いを持った人が、溢れちゃった人が相手に伝えるんでしょ?」
「……」
この先を言葉にするのは…怖い。 変わってしまうかもしれないから。 きっと、今までと同じままじゃ、いられないから。
でも…、それでも。
大切なこの女の子に、嘘はつきたくない。
「ありがとう、クド。 想いを教えくれて」
「でも、あんな形だったのです…」
「関係ないよ、そんなこと」
「…おとめにとってはいちだいじなのです…」
見えないけど、きっと少しだけ笑顔になってくれたんだと思う。
そう、信じて。
僕を抱きしめるクドの両肩に、そっと手を置いた。
「…リキ」
クドの顔が、少しだけ離れる。
「だから、僕も精一杯答える。 嘘や言い訳をしたくないから…… クドは、大切な女の子だから」
「……はい…」
「ごめん」
「……」
「嬉しいけど、クドのこと好きなんだけど…… ごめん。 僕は、クドを恋人には出来ないんだ」
自分の気持ちを、言葉にした。
クドはゆっくりと、やわらかく……
とても小さく、『わふっ…』っと笑いかけてくれた。
「知っていました…」
「……」
「だから、焦ってしまったのですね… 私は…」
「……」
笑顔のまま続けるクド。
だからこそ、僕は泣くわけにいかない。
涙が勝手に滲むけど、零しちゃいけないんだ。
「リキは、皆さんの事が好きなんですよね…?」
「…うん」
「皆さんが、大切なんですよね…?」
「…うん」
「でも…… その大切な皆さんの中に、特別な人が…いるんですよね…?」
「……うん」
「わがままをゆるしてくださいね、リキ…」
クドはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、僕に背を向けた。
僕も、立ち上がる。
…今、僕に見えるのは、彼女の小さな背中と…
とてもきれいな、彼女の後ろ髪。
「その人は…… ……さんですよね?」
クドの表情は見えない。
僕の表情も、見ることはできない。
「うん… 僕は、彼女が…大好きなんだ…」
想いを伝えてくれた、大切な女の子だから。
本当の思いを。
偽ることなく、クドに伝えた。