「と、とにかく! 準備は終わったんだよな! 今日は解散また明日! じゃっ!」
「ちょっ、恭介!?」
棗の奴、キャラが違うんじゃないか?
一方的に話を切り上げた上、杏の制止も振り切ってさっさと資料室から出て行きやがった。
「わわわ、恭介さん待って~」
「それでは失礼しますね。 明日は予定通りの時間に参りますので」
神北達も棗の後を追っていく。
ま、実際準備は完了しているから問題は無いとしても……
「宮沢、どういうつもりだ?」
「はい? なんのことでしょうか」
それとなく問いかけたところで、笑顔のままな宮沢だった。
「それでは私も失礼しますね」
「なんか騒がしくてすまなかったな仁科」
「そんなことありませんよ、岡崎さん」
仁科からの返答を聞き何気なく外に目を向けると、大分薄暗くなってきていた。
日が暮れるのも早くなったな。 ……年末だし、当然と言えば当然か。
……そうだな、時間も時間だしそろそろお開きにするか。
「じゃあ今日は俺達もこのぐらいであがるか?」
「はい、そうしましょう」
まず渚が了解し、それに続いて全員が口々に返事を返してくる。
これで準備も完全に終了となった。
後は明日の本番だけだ。
……今更だが、マジでやるのか? アレを。
「陽平さ、仁科さんを送っていかなくて良かったの?」
「ああ? なんで僕が?」
荷物をまとめていると、杏と春原の話が耳に入ってきた。
「もう結構暗くなってるじゃない。 心配じゃないの?」
「だからどうして僕が心配なんかするのさ」
「……はぁ、気が利かない男ねぇ」
「話を振ってきておいて随分なご挨拶ですねえ? 大丈夫だよ、杉坂達と一緒なんだってさ」
なんだ、しっかり気を利かせてるじゃないか。
「それより杏こそいいの? 棗の奴とっとと帰っちゃったじゃんか」
「べ、別にいいんじゃないの? あいつが帰えろうがどうしようが……」
「……はぁ、気が利かない女ですねぇ」
「……朝陽が昇るまで殴り続けても良い?」
「僕の失言でした勘弁してくださいっ!」
「じゃあね~、渚に朋也! 明日は遅刻するんじゃないわよー!」
「おやすみなさい」
「お前こそなー」
最後まで道が同じだった杏と別れ、俺と渚は冬の夜空の下を歩き始めた。
……自然と手を繋ぎ合う俺達。
少しの寒さも、こうすれば乗り越えていけるような気がした。
「渚……体の調子はどうだ?」
「はい……、ここ暫くは元気でいられています。 とても嬉しいですっ」
「……そっか」
「……えへへっ」
渚の幸せそうな笑顔が目に入り、繋ぐ手に少しだけ力を込めた。
その事に気が付いた渚は、それまでよりももう少しだけ……笑顔に赤みが差していた。
恋人同士として手を繋ぎながら下校する。
ただそれだけの事、それだけの事なのに……
何故か、目頭が熱くなる。
理由はわからない。 言葉にしたいとも思わない。
ただあるがままの現実を、大切に……大切にしていきたいと思った。
何度体験しても同じように浮かび上がるこの感情には、きっと、意味があるんだろう。
例えその理由に気が付かなくても、思い出せない何かなのだとしても。
俺は、この手を離さない。
……離さずに、生きていきたいんだ。
これから先も、ずっと……
「明日の朋也くん、とっても楽しみです」
「……渚?」
渚は俺の顔を見ている。
……もしかしたら、ずっと表情を見られていたのかもしれない。
「朋也くんがとても格好いいことになってしまうからですっ」
「おいおい……担当するのは俺だけじゃないだろう? 棗もそうだし来ヶ谷や神北も同じ目に遭うんだからな?」
「それでもです。 衣装を着た朋也くんを見た時は、どうかなってしまうかと思いましたっ」
「……頼むから変な趣味には目覚めないでくれよ?」
ああいった格好は恥ずかしすぎる。
特に西園が言ってくる細かな注文がどうも……な。
「正直言って、あんなのは俺苦手なんだぞ?」
「はい、知ってます」
……ったく。
渚も強くなったと言うか素直になったと言うか。
「えへへっ」
「?」
掌が、ぎゅっとされる。
渚は俺の顔を見たままだ。
「……あ」
そうか。
今、俺、渚の言葉で笑顔を浮かべたんだ。
きっと、それが嬉しかったんだろうな渚は。
だけど。
そんな事、確認なんてしてやるもんか。