「あ、お父さんです」
「だな」
最後の曲がり角を曲がると古河パンの前にいるオッサンが見えた。
ん? パンを持ってきょろきょろしてる…… ああ、またか。
「また早苗さんを泣かせたんだな…」
「はい、そんな感じです」
不用意な発言で泣かせてしまい、逃げ出す早苗さんを追いかけようとして外に出たものの見失ってしまった…
そんなところだろう。
「やけに具体的な想像が出来ちまうのも、なんだかな…」
「?」
と、オッサンが俺達に気が付いた。
「お♪ 娘よ、帰ってき……って!? なんじゃそりゃ~~~~~~~~っ!!」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
俺達の姿を確認するや否や恐ろしく大げさなポーズとともに叫び声を上げ、次の瞬間には俺達の元へ駆け寄ってきていた。
「んだよオッサン! 驚かせるなって」
「ばっ! てめえ… いい度胸してやがんな……」
「え?」
既にキレ気味だった。
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「渚、お前もか… こうして娘は離れていくのか…」
「お父さん?」
今度は凹んでる。 相変わらず忙しい人だった。
「「?」」
訳もわからず渚と首を傾げあっていると、ふるふる震えながらオッサンはある一点を指差してきた。
その指の先は……
!
これかっ!?
「人が嫁に泣かれて困っている時に……てめえの娘達はよろしくやっていた、とはな…」
「よろしく…? どういう意味ですか?」
オッサンは俺と渚の間、繋ぎ合っている二人の手を見て言葉を搾り出す。
「いちゃいちゃラブラブって事だよ、けっ!」
「いちゃいちゃらぶ……? ひゃっ!?」
ようやく気が付いた渚は妙な声を上げ、顔を真っ赤にさせてきゅっと目を瞑る。
それでも俺の手は離さないってのがなんとも……
「こっこれは! いちゃいちゃとかそういう事ではなくてっ!」
必死になって弁解しようとしてた。
「小僧! この幸せ頂点ボーイめ!」
「訳分からねえよっ!?」
「んだと? 手を繋いで下校してきた上に可愛らしくテンパッてる渚が自分の隣っていうか肌が触れ合う距離ちょっと肩とか当たって
どっきどきだぜいやっほ~~ぅ! な事になってやがるのに幸せじゃないって言うのはどの口だ!? あ~ん?」
「長えよ!」
オッサンの無茶追求とやり合っていると、自分の世界に没頭していた渚が大声で割り込んできた。
「そっそもそも! 手を繋ぎあっているだけではいちゃいちゃらぶらぶなんかではないと思いますっ!」
「「えぁ?」」
「お父さんが言うような推測は道端ではできませんっ! キ…キスなんてっ…… ふ、二人きりの時のほうが嬉しいんですっ!」
「「……」」
渚の爆弾発言、予想外のタイミングで爆発。
まさに無差別だった。
「……さて、仕方ないな。 早苗さんを探すの手伝ってやるか。 じゃ、俺はあっちの…」
がちっ!
万力のような何かが俺の腕を掴んだ……
………
………
「ま、それなりの節度を持ってくれりゃいいんだけどな」
「色々とやり終えた後に言わんでください…」
あ~、関節が痛え。
「実際、俺だって早苗とはお前達ぐらいの時から…と、そうだそうだ。 早苗を探すんだっけか」
忘れるなよ。
「お父さん、またお母さんにいたずらでもしたんですか?」
「いや、なんだ…」
「?」
「店の方針で…ちょっと、な…」
歯切れが悪い。
もしかして、結構真剣な話し合いでもしていたんだろうか?
…だとしたら、俺達が間に入るべき問題では…
「早苗の奴、レインボーパンの新作を作りたいとか言い出しやがったんだ」
「是非やめさせてください。 ええ、なんとしても」
間に入りまくりたい問題だった。
「よりにもよって、あのパンの後継作品か……」
「ああ、やばいだろ? 流石に」
「それで? お父さんはどんな酷い事を言ってしまったんですか?」
「安心しろ渚、オブラートに包んでシナモンパウダーを振り掛けたくらい優しく諭したさ」
『あ? アレの新作を思いついただと? やめとけやめとけ、既に今の状態ですら売れ残り具合がレインボーなんだ。
もしも仮にネオなレインボーパンなんて並べてみろ。 家計簿が七色に染まっちま…う…? ちょっ! 待て早苗!
くっそ!? 聞こえてねえ! ちっ、売れ残りのパンは……って何でこんなときに限って売れ残りが無いんだよ!?
なんなんだこの店はっ!! ……いや、いいことじゃねえかそれって? …なんて言ってる場合じゃねえっ!!』
「っ感じでな」
「あほだな」
「うるせえ小僧、とにかく探すの手伝え。 渚、家の事頼むわ」
「はい、いってらっしゃいです」
「ああ、ちょっくら行ってきまくるぜ! うおおおおお~っ! 早苗~~~~っ! 俺は早苗で虹色だあ~~~っ!!」
レインボー秋生、ここに誕生。 …なんてな。
オッサンは声を張りながら走り去っていった。
「仕方ないな… 渚、俺も行ってくるよ」
「はい。 夕飯の準備をしておきます。 朋也くん、頑張ってください」
少しだけ所帯じみた受け答え。
その事に恥ずかしさと嬉しさを感じつつ、俺は走り出した。
いつもいつも、ホント慌しい毎日だ。
……でも、悪くないよな?