「現に目的は達成出来たじゃないですかっ! それが出来たのなら、多少の苦痛ぐらいっ」
「それが勘違いだって言ってるんだよ馬鹿野郎っ!」
それは想像し難い光景だった。
秋生と恭介が口論をしている。 それも秋生のみならず、恭介までもが感情を剥き出しにして。
「鈴は楽しみにしていたんですよ、あのパーティーを! 自ら率先して手伝って、大勢の友達にも囲まれて!」
「だから水を差したく無かったって……? てめぇ、ふざけんのも大概にしろよ!」
どうやら恭介自身、パーティーの前日から腹部の鈍痛に自覚があったらしい。
勿論それが虫垂炎だとは想像もしなかったのだが……
「俺もあと数ヶ月で卒業、鈴から完全に離れるんです。 だから、今回のイベントは丁度いい機会だった……!」
多少体調が芳しくなくても、スムーズに予定を進行させてあげたかった。
「俺達リトルバスターズとだけじゃない。 様々な人間と当たり前な友人関係を築き、目的に向かって邁進するその様子を」
大切な妹の成長が、とても嬉しくて。
「側で、見ていたかった…… あいつはこれからも頑張れるんだと、確かめておきたかった……」
だから、当日も限界まで痛みに耐えて。
出来る限り、続けさせてやりたくて。
「だから俺は満足してるんです! 鈴も楽しめた! 俺も安心した! だから、これでもう十分じゃないですかっ!」
それが、恭介が持っていた密かな願い。
いつでも、どこでも。
彼にとっては、大切な妹だったから。
でも、だからこそ。
「だったら!」
秋生は恭介の胸倉を掴み取る。
自分と良く似たこの少年には、『自分と同じ道を辿って欲しくなかった』から……
「相手を見て安心するだけじゃねぇ! 相手にとっても安心させてやれるような男になりやがれっ!」
「……っ!?」
心臓を、握りしめられたのかと思った。
古河さんのその言葉は。
俺自身知っていて、それでも理解しようとしていなかった行動原理のひとつを……
手掴みで、引き摺りだしてきた。
「……安心、させる……?」
「ああ、そうだよ。 お前は冷静に計算する事が出来る。 熱く行動する事も出来る。 でもよ……、ん、だからこそ、なのか?
お前は『お前自身が相手にどう思われているか』、気が付きにくくなっちまってんだよ」
俺が、どう思われている、か……
「お前は目的を果たした。 ま、ちょっくら無理はしたがな。 それはそれで凄え事さ。 だがよ……」
「……」
「お前にしてみりゃちょっとばかりだったその無理で、妹は……てめえの仲間とやらはどんな気持ちになったと思う?」
そう、馬鹿って言われた。
鈴にも、理樹にも。
誰からも、何度も。
苦笑いで……呆れ顔で……
「馬鹿馬鹿、言われました」
「だろ? この馬鹿」
ああ…… そうか。
あいつらの言葉には、そういった意味も込められてたのか……
「今更そんな顔すんな」
「……はい」
俺が選んだ行動で、俺の目的は達成させた。
だけどその代わりに、心配を、かけた。
ようやくその事実が、胸にすっと落ちてくる。
「すみません、古河さん。 ……ありがとうございます」
「……ん」
俺が鈴を、あいつらを大切にするように、俺も大切にされているんだと。
……自分を蔑ろにしすぎる事。
一人だけの視点なら、それは綺麗に映るのかもしれない。
ただ、そこに他人の、相手の心境を踏まえた時…… 相手の心に映るのは……
「なんて言ったところでオッサン。 そんなの言えた義理じゃないんじゃないのか?」
岡崎……?
いつの間にか病室の中に岡崎ともう一人──妙に儚げな男……?──が佇んでいた。
まったく気が付かなかったんだが……
「上手く諭してたみたいだけどよ、オッサン自身はどうなんだよ?」
「んだよ小僧? 俺様はいつだって愛する妻と娘に安心安全安牌を与えてんだろうが!」
「……アンタの場合、突然なにかとんでもない事にでも首を突っ込みそうな気がするんだよ」
その言葉使いとは裏腹に、真剣な眼差しで古河さんを見据える岡崎。
ほんの一、二秒だろうか。
古河さんは岡崎から顔を背け、ポケットから取り出した煙草を咥えた。
「んなのその時にならなきゃわかんねーっての」
「自分の家族を泣かせるなよ?」
「けっ、えろそうに言いやがって」
「エロくねえよ! 偉そうに、だろ!?」
「えろえろうるせえんだよ!」
「言ってんのはアンタだアンタ」
古河さんと岡崎のじゃれ合いが始まる。
はぐらかすように、でも時には真剣に向き合ってくれる……尊敬に値する人物。
やっぱり俺は、この人のことが大好きだった。
「古河さん、とりあえずここは禁煙ですからね?」
「なんか大丈夫そうだね。 じゃあ朋也クン、僕はこれで」
「ん、ああ。 悪かったな。 助かったよ勝平」
岡崎の連れか?
勝平と呼ばれた人物が岡崎と挨拶を交わす。
「いいっていいって。 僕は失礼してお姉さんに挨拶してくるね」
「? お姉さん?」
「うん、そうだよ。 椋さんのお姉さん。 さっきチラッと見かけてたんだけど、朝からずっと座り込んだままみたいでさ」
……?
椋さん? お姉さん?
「朝、検査の時にロビーで見かけたままの姿だったから。 流石の僕でも気になっちゃうからね」
「杏が?」
岡崎が言葉を投げ返す。
「杏が朝から…… 棗、ちょっと聞いていいか?」
杏が見舞いに来てくれている。
それは、とても嬉しい。
……でも、
「杏のやつ、ここに来たか?」
俺はまだ、目が覚めてから一度も杏の顔を見ていなかった。