「どあほう」

「ぐはっ……古河さん、いきなりキツイですね……」

 

 ベットに横たわる恭介の前で仁王立ちしているのは、明らかに不機嫌な顔をしている秋生だった。

 入院の見舞いに来た、ではなく違う意味で『お見舞いしてやるぜ』的な雰囲気だ。

 

「あんだ? どあほうで足りないんならボドドドゥドオーでもいいんだぜ?」

「いや、本気で意味わからないですから……」

「はっ! 俺様にだってわかんねえよっ!」

「なんで切れてるんですかっ!?」

 

 なんともくだらない言い争いだったが、内容に反し秋生に目は真剣そのものだった。

 

「ったく。 この前のケイドロん時はちっとは成長したのかとも思ったんだがよ」

 

 この野郎が、とでも表現出来そう擬音を醸し出しながら、秋生は備え付けのパイプ椅子に腰を下ろす。

 

「あほか? 馬鹿か? それとも本当にどあほうなのかお前は。 やせ我慢の所為で見事に大失敗してるじゃねえか」

CLANALI3  第三十一話

「朋也クン?」

「ん? お、なんだ勝平じゃないか」

「あはは、やっぱり朋也クンだ。 こんなところで奇遇だね」

 

 ま、暇も出来たし棗の様子でも見に行ってみるか。

 等と特に予定していたわけでもない見舞いにやってきた朋也だったが、病院に到着後、見事に迷ってしまっていた。

 オッサンも時間があれば来るみたいな事言っていたし、一緒に来ていれば簡単だったんだけどな。

 なんて後悔してみても後の祭り。

 すれ違う看護士達は誰しも忙しなく働いており、道を聞くタイミングが掴めていなかったのだが……

 

「病室がわからない? そうなんだ……だったら案内させてもらうよっ。 伊達に入院生活を満喫してるわけじゃないからね」

「いやまて、俺はその台詞に感謝すればいいのか? 呆れればいいのか? 叱っておけばいいのか?」

「もう、相変わらず照れ屋さんなんだね、朋也クンは」

「……なんだか久しぶりだなこの空気。 会話をしているようでその実まったく意思の疎通が出来ないこの感じ」

 

 とある事情で現在長期入院中である友人、柊勝平の好意でなんとか恭介の病室まで辿り着く事が出来た。

 と言っても、その好意による道案内はボケが溢れる珍道中だったわけだが。

 

 

 

 

 

「だからね、椋さんはいつもボクとの将来の事を考えてくれているんだ」

「その話三回目だからな?」

「でね、ボクはそんな椋さんが愛しくて堪らなくなっちゃってこう言ったんだ、そこの扉が目的地だよ」

「途中で別の話題を混ぜるなよっ!?」

「やだなぁ、交じり合うだなんて」

「よし、とりあえずお前は熱を測ってもらえ。 な?」

 

 勝平のペースに脱力しつつも、滞りなく恭介の病室に到着できた事に安堵する朋也。

 ちらりと病室のネームプレートに視線を向けると、確かに目的地そのものだった。

 

「んじゃサンキュな勝、」

 

 勝平、と最後まで言い切ることが出来なかった。

 感謝の挨拶を断ち割ったのは、病院という空間には似つかわしくも無い怒号。

 

「それが勘違いだって言ってるんだよ馬鹿野郎っ!」

 

 恭介の病室から響き渡った、秋生の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 無言の時間が過ぎていく。

 そこにあるのはたった二つだけ。

 射抜くように視線を向ける真っ直ぐな感情と、逃げるように視線を彷徨わせる不安定な感情。

 佳奈多は杏から目をそむける事は無く、杏は佳奈多に顔を上げることは無かった。

 

「ふぅ…… 何? 反応はそれだけ?」

「それだけって…… 何よ……」

 

 沈黙を破ったのは佳奈多の呆れ声。

 嘲笑、憤怒、嘲り、安堵。

 杏にとっては、その言葉には様々な感情が渦巻いているかのように感じ取れた。

 だからこそ、自分の感情が見つからない。

 

「……恋敵がこんなだとはね。 僥倖、とでも言えばいいのかしら?」

 

 未だに視線を逸らさない佳奈多。

 まるで、杏が浮かび上がらせる表情の変化を見逃すまいとするかのように。

 

「よ、良かったじゃないのよ。 それにそもそも恋敵だなんてお門違いも、」

 

 佳奈多の目が細まる。

 

「私、言うわ。 彼に」

「っ!?」

「ええ、『貴女よりも先に』、ね」

 

 思わず顔を上げる杏。

 それは泣き顔なのか、迷い子の顔なのか。

 ただ言えることは、彼女が持つ魅力的な素顔でないことだけは確かだった。

 

「じゃあね。 そのまま座り込んでいなさい。 ……今の貴女にはお似合いだわ」

 

 そう言い放ち、背を向けて歩き出す佳奈多。

 胸を張り、前を向いて。

 けっして、振り返る事は無い。

 彼女は、もう、歩みだしたのだから。

 

 

 

 だが、それは如何なる理由か。

 ほんの数歩進んだところで、その足を止めた。

 そのまま背後の杏に語りだす。

 とても、ぶっきらぼうに。

 

「……前後不覚になるほど、貴女は、どう想っていたの?」

「……」

 

 それだけは、とても良く知っている。

 だってそれは、自分が抱える想いの根源だから。

 

「……なんで彼は、あんな無茶を……いいえ、無理をしようと思ったのかしらね?」

「……」

 

 それは……

 きっと……

 

「鈴が、楽しみにしていた……から……?」

 

 なんとなく分かる。

 恭介の妹思いは、それこそ痛いほどに。

 だから、それが理由……

 

「そう? なら、それは『何故』?」

「え……」

「……最低ね。 ……ホント最低」

 

 杏に向けた言葉ではない。

 まして、恭介にでも……

 

 

 

 

 そして。

 ただ一人取り残されたのは、想いを見つめ直す事が出来た少女。

 そんな彼女の前から去っていったもう一人の少女は。

 その後姿は。

 

 とても、とても凛々しかった。

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