「馬鹿だよね」

「馬鹿だな」

「ああ、馬鹿だな」

「まぁ、どちらかと言えば馬鹿だな」

「……あのなぁお前達。 これでも入院患者なんだぞ、俺は」

 

 仲間達からは異口同音な台詞が飛び出していた。

 集中砲火を受けているのはベットに横たわっている恭介なのだが、既に減らず口を返せる程には回復している。

 

 恭介が担ぎ込まれたその翌日。

 パーティーに参加していた彼の友人達が見舞いにやってきた。

 術後の経過は至って順調であり意識も問題なく回復、このままなら数日中に退院する事も出来そうな勢いだった。

 勿論彼を心配する者達にとっては朗報であり、口々に安堵の言葉を交わしていたのだが……

 

「虫垂炎……って盲腸の事か? あ~、どうりで痛かったわけだ」

 

 などと気楽な感想を述べた上、

 

「え? どうして早く言わなかったのかだって? いや、所詮はハライタだろ? そのうち治まるかと思ってな」

 

 あまりにと言えばあまりな感想を言い放った恭介に対して、周囲の態度は一変。

 大丈夫?恭介?から始まった彼へのお見舞いは、僅か十数分間の間に数える事32回もの『馬鹿』が飛び交う羽目になった。

CLANALI3  第三十話

「で? 貴女はこんな場所で何をしているのかしら?」

「え……? あ、あたし……?」

「貴女以外には誰もいないでしょう? 私は貴女に声をかけているの、藤林さん」

 

 病院の一階、ロビー横のベンチ。

 佳奈多が杏の姿を見つけたのはこの病院に入ってすぐの事だった。

 その時は一緒に訪れた友人達も座っている杏に気が付いていなかったので、一度は見て見ぬ振りをしたのだが……

 帰り際、再びロビーを横切る時まで彼女はその場を動いていなかった。

 佳奈多は一人、俯いて座り込んでいる杏の元へと歩み寄って言葉を紡いだ。

 

「彼のお見舞い、とっとと行ってきたら?」

「ん…… 恭介は元気してた?」

「……はぁ。 元気だったら入院なんてするわけないでしょう? そんな間の抜けた事を質問するよりも、自分の目で確認すればいいじゃない」

「別にアンタに言われなくたって……」

「そう? 貴女にとってはこのベンチに座り込んでいる事がお見舞いなのね? ……それはそれは彼も喜ぶわね」

 

 一瞬佳奈多を睨もうとした杏だったが、その眼が細まったのも束の間、うな垂れるように怒気が拡散していく。

 そんな事言われるまでもない。

 こんな場所にいたって仕方がない。

 直ぐにでも恭介の顔を見たい。

 あの笑顔を感じたい。

 

「……」

「……」

 

 でも、杏は動けなかった。

 彼女を立たせまいと縫い付けているのは自責の念。

 取り戻せない失敗をしたわけではない。

 そもそも彼女が原因で彼が倒れたわけでもない。

 けれども、あの時……

 

「何? そんなに恥ずかしかったの? 前後不覚になるほどにまで取り乱した事が」

「……違う」

「それとも役に立てなかったから? 出来る事をしていた皆に対する羞恥?」

「……違う……っ」

「……ああ、手助けをする事が出来た人間に対する嫉妬ね」

「違うっ! 何よ!? 知ったような口振りでっ!」

「……彼が怖いのね」

「っ!」

 

 

 

 そう、怖かった。

 恭介が倒れた瞬間に感じた感情の爆発も。

 自分が役立たずだった事も。

 目の前にいる女性がいかに有能だったかという事柄も。

 ……その事実を知ったであろう、彼の感情の変化も。

 

 だから、恭介に会うことが……怖かった。

 

 

 

 

 

「そう……そうよ。 まったくもってその通りよ」

 

 何かが外れた声で、杏が呟く。

 

「テンパって喚き散らしただけ。 冷静な判断なんてひとかけらだってなし。 むしろ迷惑だったでしょ? あの時のあたしって」

「……」

「こんなんじゃ愛想つかされて当然だもんねー、あはっ」

 

 佳奈多は笑顔で話し続ける杏から視線を外さない。

 

「その点アンタは流石よねー。 邪魔なあたしを叱りつけてテキパキ行動。 いざって時には本性が現れるってものよね、うん」

「……」

「ま、これは完全に呆れられたかな…… ねぇ?」

「……そうね」

「でしょう? あははっ、もーあたしったら本当に、」

 

 

「なんて、贅沢な悩み」

 

 

 

 

 ……意味が、わからない。

 悩み? うん、悩んでる。

 悩んでいるというよりも、諦めかけているというのが正しい言葉なのだけれど。

 贅沢? 何が?

 贅沢ってことは、それを羨ましがる人もいるって事?

 そんなわけないって。

 だって……こんなに辛いのよ?

 

「あのねぇ、人の話聞いてたの? どこをどう受け取ったらそんな言葉が、」

 

 

 

「私、彼の事、好きよ」

 

 

 

「……えっ?」

 

 それとなく気が付いていた。

 もしかしたら、ううん…… きっと、そうなんじゃないかなって。

 でも、彼女の口から毀れだしたその言葉は……

 

「うん、多分私はそう想ってる。 だと思う」

 

 恭介じゃなくて、あたしに向けられていた。

 

「そ、そう……なんだ」

 

 真っ直ぐあたしを射抜く瞳。

 そう、真っ直ぐと。

 きっとそんな眼差しでいるんだな、と想像していた。

 だって、想像する事しか出来ない。

 

 今はただ、顔を逸らす事しか出来なかったから。

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