救急隊の行動は迅速だった。

 既に恭介は車両に乗せられ、今まさに搬送用の後部ドアが閉じらようとしていた。

 

「心配すんな。 病院に着いたら連絡してやるよ」

 

 それは付き添いとして乗り込んだ秋生の声。

 とても落ち着いた声だった。

 同時に響くのは小さな鈴の音。

 秋生と一緒に座っている、要救護者の妹がつけている髪飾りの音色。

 音色の主は、車の外に集まっている仲間達に対して、ただ、一言だけ。

 

「いってくる」

 

 

 

 

 

 

 閉じられたドア。 

 遠ざかっていくサイレン。

 

 

 その場に残されたのは、冬の風と……

 

 

 いくつかの、想いのかけら。

CLANALI3  第二十九話

「……ああ、わかった。 伝えておくよ」

 

 朋也が秋生から連絡を受けたのは、それから一時間程過ぎた頃のこと。

 会場の後片付けを含んだ、様々な事後処理が終わろうとしていた時だった。

 事後処理、といってもそれほど大層な動きはなかったのだが。

 光坂高校側からの説明要求も簡単なものでしかなく、特に問題を大きくする気も無いようだ。

 というのも、説明を行ったのが全幅の信頼を置かれている坂上生徒会長だった、という事が幸いしたのだろうが。

 会場となっていた資料室は残された面々全員で資料室の片付けを行い、普段の姿を取り戻そうとしている。

 一部の者たちは恭介の搬送された病院へ向かう準備を終えていた。

 連絡を待っていたのは、その病院がどこになるのかという確定待ちだったということ。

 それも、たった今完了した。

 

「朋也さんっ」

 

 朋也が電話を切ると同時に理樹が詰め寄る。

 電話の相手、そして内容が分かっているのだろう。

 朋也は理樹を、周囲を、そして杏を見てからその場所を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもびっくりしました」

「ああ、そうだな」

 

 渚の呟きに答える朋也。

 ほぼ全ての片付けが終わろうとしている資料室で、先程の出来事を思い出していた。

 

「棗さん、大丈夫でしょうか?」

 

 その言葉に周囲の注目が集まる。

 その場に残っているのは、基本的には光坂高校の在籍者だけだった。

 恭介の仲間達……彼らは連絡を受けた後、彼が搬送された病院へと向かって行った。

 ただ一人だけ、この学校の生徒も病院へ行ったのだが、その事に異論を唱える人物など誰一人としていなかった。

 いるはずもなかった。

 

「渚、心配する事はないって。 さっき言っただろう? オッサンから聞いたあいつの容態は」

「はい…… でも」

「あいつが馬鹿だった、ってだけだろ?」

「朋也くんっ」

 

 朋也の軽口に渚の叱責が飛ぶ。

 だが当の朋也は悪びれる様子もなく、苦笑と共に言葉を付け足す。

 

「馬鹿なんだか、強いんだか。 ……いや、その両方、か」

 

 呆れつつも穏やかな思いを抱かせる、そんな言葉を。

 

 

 

 

「あ、春原。 今日のパーティー、経費はお前持ちだって? 悪いな」

「急に話を振らないでもらえませんかねぇっ!? しかも意味わかんないし!」

「え? だってこの領収書の束、全部お前宛だぞ?」

「ってどれも『上』様宛なのを強引に僕の名前に書き直されてるんですけどっ!? しかも手書きで!」

「『上』って字を『春原』に変えるのは強引だし面倒だったんだよ!」

「無駄に逆切れするぐらいならやらないでもらえませんかねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、早かったな」

 

 廊下のベンチに腰を下ろしていた鈴は、病院に到着した理樹達に対してそう答えた。

 

「恭介は?」

 

   ちりん。

 

 鈴が顔を上げて、ぼんやりと光を放つ表示板に目を向ける。

 それでその場にいる全員が状況を理解する。

 表示板に書かれている日本語は、たったの三文字。

 

   手術中

 

 息を、呑む。

 例えその手術内容を理解していたのだとしても。

 この扉の奥で、彼は今、闘っている。

 

 

 『虫垂炎』

 俗に言う盲腸だ。

 あまりに一般的過ぎて、本当の意味での恐ろしさを理解しにくい病でもある。

 症状を自覚しやすく、早期発見であれば開腹手術すら必要としない場合もある病気なのだが、進行後はそれが一変する。

 虫垂の炎症、穿孔、そして連鎖して繋がる病、『腹膜炎』。

 今回の恭介は、腹膜炎になる寸前だったという。

 これが、もしも、完全に進行していたのだとしたら……

 

 

「盲腸ってあれだろ? すんげぇ痛いんだろ? なんであいつ気が付かなかったんだよ」

「真人少年、それは一般知識の決め付けだな。 症状には個人差がある。 考えたところで詮無い事だ」

 

 確かに自覚症状が現れない場合もある。

 だが、

 

「軽く思って我慢する馬鹿もいる、がな」

 

 来ヶ谷が付け足すと、なんとも形容しがたい空気が流れる。

 ただ、もう一つの可能性を思い描いた者も少なくなかった。

 即ち、

 

 ──目的の為に、我慢を続けていた?──

 

 

 

 

 

 

 皆が注視する部屋の表示板。

 その明かりが消えたのは、短くない時間が過ぎた後の事だった。

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