「葉留佳ぁ、嬉しいよね、信じられないよね? 一緒にクリスマスパーティーをしてるのよ? うあぁぁぁぁぁん」
「うんうん、そーだね。 お姉ちゃんと一緒だもんね」
「葉留佳ぁ、葉留佳ぁぁ……」
「いや、ちょっと、苦しいのですヨ? そんなにぎゅーっとされると」
俺にはよくわからない理由で三枝に縋り付いている二木。
どっちが姉なんだかわかりゃしないな。
「鷹文ばーか鷹文ばーか鷹文ばーか」
「いやホントその罵倒、意味全っ然理解できないからね?」
「鷹文ばーか鷹文ばーか鷹文ばーか、このヘタレ…… 鷹文ばーか鷹文ばーか鷹文ばーか」
「息継ぎまで根拠の無い罵倒なんだね……」
鷹文の背中に覆いかぶさりながら、その耳元でなんかぶつぶつ言っている河南子。
傍から見たら、鷹文に全身全霊で甘えているようにしか見えないが。
「朋也くん、その時はとてもとても可愛い男の子だったの」
「っ!? ……幼い朋也くん…… ことみちゃんっ、是非とも詳しく教えてくださいっ」
「? 渚ちゃん、おめめがすごくキラキラしているの」
「半ズボンなんですかっ? 短パンなんですかっ? そこのところはっきりさせてくださいっ!」
ことみと渚は二人揃って床にぺたりと座り込み、ものすごくどうでもいい談議を繰り広げている。
お前ら…… いや、何も言うまい。
俺は目の前で繰り広げられている惨状から背を向け、断腸の思いで決断を下した。
関わったら負けだ、と。
「なんだよ小僧、あいつらをどうにかしないのか?」
「ほっとこう。 それが懸命だ」
俺が近くの椅子に座り込むと、この流れの元凶であるオッサンが早苗さんと一緒に寄ってきた。
返答と溜息が同時に零れる。
ま、無礼講なパーティーだ。 それぞれが楽しんでいるならそれはそれで問題ないんだが……
「オッサン、これって狙ってやってるのか?」
「さてな」
オッサンは煙草を口に咥えながら──もちろん場所が場所だけに火は着けていないが──にやりと笑顔を見せた。
「秋生さん、『折角の機会だ、あいつらを酔わせてみたら面白くなりそうじゃねぇか?』なんて言っていたのは誰ですか?」
「……はて、誰の事やら」
「無茶苦茶狙い通りじゃねえか」
それにしても……
「なぁ、飲ませたものって本当に酒じゃないんだよな?」
「んだよ、疑り深えなぁ。 間違いなくノンアルコールだよ。 ま、若干苦味のある大人向けなジュースだとでも思えや」
場の雰囲気、か。
擬似的だとしても、それだけでここまで酔うものなんだろうか?
……ぶっ!?
今、視界の隅で風子が来ヶ谷に捕まって……
……いや見てない、俺は見てないぞ。
今の光景はとっとと意識の外へ押し流すべきだ。
「なんにせよ、だ」
「オッサン?」
「色々と溜まってたんじゃねえのか? 将来の事に今の事……進学、就職、人間関係に心の葛藤。 ……どいつも、な」
……
改めて辺りを見回す。
本音だか愚痴だかが混ざり合う混沌とした会場内。
あの渚でさえ普段とは違った表情を見せている。
……そっか。
こんな事だって、必要な事なのかもしれないな……
「ってまぁぶっちゃけると若い娘っ子達の乱痴気が見られて、俺様テンションリピドーパトスがいやっほーーって事なんだけどな!」
「結局は面白目的かよっ!?」
一瞬でも理解しようとした俺が馬鹿だった。
「というわけでお前もどうだ? ん?」
「どうだじゃねえよ……」
「ちっ、仕方ねえな。 だったら他の若い奴にでも……って早苗?」
「私では……」
あ、この肩の震え方は間違いない。
「私では秋生さんの迸る熱いパトスを満足させられないんですね~~~っ!」
「早苗っ!?」
顔を両手で覆い、パタパタと資料室から駆け出していった……
「え? なんでだ? 今回は別にあいつのパンを引き合いに出してなんかいねえぞっ!?」
「嫉妬じゃないのか?」
「嘘だろっ!? 色目を使ったとかそんなんじゃねえだろ!?」
「……もしかして、早苗さんも酔ってるんじゃないのか?」
「……」
「……」
だとしたらやばい。 色々とやばい。
酔った早苗さんは見ている分には面白いんだが、その、なんだ。
「……小僧、後は任せた」
「とっとと行って来い」
と返答した時には、既にオッサンの足は一歩を踏み出していた。
「早苗~~っ! 俺はお前が相手ならパトス以外にもいろんなモノが迸るんだ~~~~~~っ!!」
あまり具体的には知りたくないような告白だった。
「ふぅ、今日はこのくらいにしておいたほうが良さそうだな……」
オッサン達大人組みも離れていってしまった事だし、残りの面子はこんな有様だし。
撤収のタイミングをどうやって切り出そうかと考えていた。
「結局はこんな終わり方だったけど、これはこれで思い出に残るクリスマスって事、か」
柄にもなく自然と顔が綻ぶ。
でも。
そんな感慨を無慈悲に奪い去ったのは、杏の悲痛な叫び声だった。
「え?」
崩れ落ちる棗の身体。
それはまるで、糸が切れたかのように。
「恭、介……? ……ちょっと! 恭介っ!? 恭介ぇっ!!」
楽しく過ごした12月24日。
……今年のクリスマスは、まだ、終わりそうになかった。