「んだよ、俺だって飲みてえよ」
「うっさい、ぼけぇ。 お前まであいつらみたいになったらどーする」
「筋肉の心配か? 安心しな、俺の筋肉はそれくらいじゃ萎んだりしねえぜ」
「おかしくなったお前の相手をせにゃならんあたし自身の心配じゃ!」
どごぉっ!
鈴のハイキックが綺麗につっこまれる。
「ああ、さいですか……」
首を微妙な角度に曲げたままだったけど、そんなに大きなダメージにはなっていないみたいだった。
「鈴。 だからさ、真人へのつっこみは基本チョップにしておこうって話したでしょ?」
「問題ない」
いやいやいや。
「わふぅ、井ノ原さん、だいじょうぶですか?」
「へっ、こんなつっこみ屁でもねえぜ。 俺の頸長筋は伊達じゃねえさ」
「流石井ノ原さんですっ! 私の心配なんてそのマッスルの前では形無しですっ!」
「ありがとよ」
「こいつ馬鹿だっ! クドまで変だっ!?」
クドと一緒に真人の側まで近寄ったんだけど、当の本人はどうもよく分からない事で鈴につっこまれていた。
真人がボケて、鈴がつっこみ、僕がフォロー。
そしてクドが心配して、結局その場が和むいつもの流れ。
ここには大切な『毎日』が当たり前のように存在していた。
でもその当たり前に辿り着くまで、少しだけ遠回りしてしまったけど。
「真人、ありがとう」
「おぉ? ……ああ」
返ってきたのは素っ気ない一言だけ。
だからこそ、その言葉に救われる。
本当にありがとう。
「ん? どーした? 理樹、お前こいつから何か貰ったのか? カップゼリーか?」
違うって。
「井ノ原さん、遅れましたが私からもお礼を言わせてください。 ありがとうございましたっ」
「気にすんなって。 ほら、クー公、もっと良い笑顔になるには頬筋を鍛えるのが一番だ!」
「はいですっ!」
「よっしゃ俺に続け! マッスル笑顔! マッスル笑顔!」
「まっする笑顔! まっする笑顔!」
口を大きく開け閉めさせ始めた真人に倣って、クドまで同じ動きを始めた。
二人ともすっごく楽しそうだけど、ナニ?この空間?
「怖っ! なんだ怖っ! うわっ、怖っ!」
あっという間に3わけわからんポイントゲット。
ほぼ反射的に怖い発言をした鈴は一瞬だけ物思いに耽った後、僕の顔を覗き込んで、
「どーしたんだホントに? 何がどーなってるんだ?」
当然とも思える疑問を投げてきた。
いや、そんな大したことじゃないんだけどね……
と、口にしようとしたけど、言葉にする前に思い直した。
大したこと、あるよね。
うん、とても大切な事なんだ。
「……」
「? どーした理樹?」
慎重に言葉を選ぶ。
今、僕が答えられるのは……
「真人のおかげで、クドと仲直り出来たんだよ」
「なかなおり? 理樹、お前クドと喧嘩してたのか?」
「うーん、そういう意味じゃなくて……」
「じゃあ今迄は仲が悪かったのか? それは予想外だな。 うん、予想外だ」
「いやいやいや、そうでもなくてね?」
「なんだ、はっきりしろ」
「……あ~」
実は昨日クドに告白されて、それを僕が断って、今日もさっきまで無意識にギクシャクしてたんだよ。
なんて直球言えるわけがない。
「言えないのか? 秘密なんだな? そーなんだな?」
「……鈴」
「……別にいい。 悔しくもなんともない」
「ちょっと鈴?」
「うるさい」
「だから僕の話を、」
「ふかーっ!」
あああ。
あからさまに不機嫌になってるよ……
うーん、どうやって伝えるべきなのか。
鈴に対して全てを話す必要はないんだけど、クドは勿論の事、僕にしてみても『鈴が関係している』のは事実だし……
「秘密なんかじゃないのです、鈴さん」
「「クド?」」
そこにあったのは、柔らかな微笑み。
「鈴さんにはお話しようと思っていました。 私自身の口でです」
「……クド」
つい口を挟んでしまう。
「だめですよリキ。 こればかりはリキにも譲りません。 ……譲れないのです」
「でもさ、それなら一緒に」
そこで僕の肩に手がかかっていることに気が付いた。
大きな、大きな掌が。
「……真人」
「俺も具体的には聞いちゃいねえ。 だがよ、クー公がけじめをつけようとしてるんだ」
「そんな、けじめって! そんな単語で纏めようとしても、」
「だから詳しくは知らねえって、例えってやつだよ。 なんにせよクー公が決めた事だろ?」
「……」
「気持ちを汲んでやんな」
「……うん」
「お二人とも、ありがとです。 鈴さん、少しだけお時間いいですか?」
「……よくわからんがわかった。 クドの頼みなら断らない」
「わふっ……はいっ、ありがとですっ」
では、鈴さんに理樹……井ノ原さんもよろしいですか?
クドはそう言いながら、少し奥まった本棚の間へと僕らを誘った。