「あ、あのですね……」

 

 クドは視線を落としながらも、一生懸命に言葉を紡いでいる。

 

「~~~っ、リキ!」

「は、はいっ」

 

 意を決したかのようにその大きな瞳をぎゅっと瞑り、手に持ったお皿を僕の前に差し出してきた。

 ……僕に、くれるのかな?

 

「おはようございますですっ、リキ!」

「うん、ありがたく頂戴……ってえええっ!?」

 

 いやいやいや。 え? このタイミングでおはようの挨拶なの?

 流石にリアクションに困る。

 ただ、それでももう一度……今度は閉じた瞳をゆっくり開けて、

 

「リキ……ぐっどもーにんぐ、ですよ……」

 

 改めて僕に挨拶を求めたクドの眼差しは、とても真剣で……

 きっとこれは、特別おかしな事なんかじゃないって……

 心のどこかで、そう思えたんだ。

 だから、落ち着いて返事をする。 いつものように、昨日までのように。

 

「……おはよう、クド」

「~~~っ、……わふぅ」

 

 僕の声を聞いたクドは、少しだけ驚き……蕩ける様な笑顔になって……だんだんと涙が浮かんできて……

 って、クドっ!?

 

「リキ……リキ…… わふぅぅ……」

「え、クド? ちょっと!? ……あれ?」

 

 ぽろぽろと零れだした瞳の輝きは、クドの満面の笑顔の上で……連なる雫になっていった。

CLANALI3  第二十三話

「うん、美味しいねコレ」

「そーですねっ。 ……くりすますに合う和食があるなんて、ちょっとだけびっくりしました」

「下味は醤油なのかな?」

「きっとそうです。 多分ですけど最初に……リキ? どうしたんですか?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 僕は今のクドを安心した想いで見ていた。

 さっきまで流れていた涙の後も乾き、クドらしい魅力的な笑顔を見せてくれているから。

 ……笑顔の上に零れる涙、それはほんの少しの間の出来事だった。

 時間にすると、ほんの数秒。

 涙を流した終えたクドは、より一層の笑顔を見せながら、

 

 『では、一緒にお料理を食べましょうっ」

 

 と、僕を誘ってくれた。

 勿論二つ返事でOK。 側にあった椅子に並んで座り、仲良く舌鼓を打っている。

 

「はぁー、これが家庭の味なんですねー」

「これって市販品じゃないの?」

「えとですね、渚さんのお母さんが作ってきてくれたそうです」

「……本当に上手だよね」

「……はいです」

 

 パン以外なら凄いんだよね、なんて意見が脳裏によぎる。

 おそらく確実に二人揃って同じ事を考えてると思う。

 クドと目が合い、お互いに嬉しいような申し訳ないような苦笑の表情が揃ったその瞬間、不意にそう思った。

 

 それが、引き金になったのかもしれない。

 

「……さっきはごめんなさいです」

 

 クドは箸をお皿の上に置き、静かに話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと怖かったんです。 朝から、ずっと」

 

 僕は自分にとって都合の良い思い込みをしていたのかもしれない。

 もうすっかり元通りになってるんだと……問題なんか、きっと無いんだと。

 

「どんなに明るく振舞えていても、出来なかったんです、これだけは」

 

 こんな当たり前の事に、気付けなかったんだ。

 

「リキに、声をかけることが……出来ませんでした」

 

 いつもなら当たり前の事。

 顔をあわせたら、どちらともなく挨拶をする……そんな当たり前の日常。

 そう……思い出すんだ。

 

 

 

 今日、僕は、一度でもクドと話をしたのか?

 

 

 

「私に勇気が無くて、リキに申し訳なくて……他の皆さんとはしゃいで紛らわせていましたけど」

「……」

「一番ちゃんとしないといけないのに、リキにだけは気後れしてしまっていたのです」

 

 普段通りの自分でいれたと、素直に思い返せない。

 気後れしていたのはクドだけじゃないんだ。

 朝から一緒に行動していて、一度も会話していないという事実。

 それは互いに距離を取っていないと起こりえないんだから。

 

「これじゃ駄目なんだと、なんとかしないと、って思ってはいたんですが……わふぅ」

 

 それは、どれだけの恐怖なんだろう。

 想いを伝え、実らせる事が出来ず、翌朝からは自然と距離が開いてしまっている関係。

 それでも昨日の晩の、『大切な女の子』という言葉を信じて、自然な形で接したいと思っているのに……

 その相手……僕からは、挨拶すらも無いんだ。

 

「……クド」

 

 今さっきみたいに、僕もクドも……それこそ普段通りに笑い合えるっていうのに。

 無意識な距離感の所為で、今この時まで、お互いが求めていた関係を始めるのに時間をかけてしまった。

 僕は……何をしていたんだ。

 情けなさから、ごめん……と謝ろうとする僕に被せるように、

 

「でも、頑張れてよかったです」

 

 包み込むような、柔らかい想いが届けられた。

 

「教えてくれたんです。 ぶつかってみろよって、大丈夫だろって」

 

 自然とクドの目が少し離れた場所に向けられる。

 そこに居たのは、大事な……僕の自慢の幼馴染だった。

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