「朋也くんお疲れ様でした」
「ん、サンキュ渚」
一仕事(?)を終えて休憩していると、渚が飲み物を持ってきてくれた。
紙パックのジュースを受け取り、軽く息を吐く。
「それにしてもさっきの朋也くん、真に迫る勢いでしたっ」
「勘弁してくれ……」
そんなに爛々と目を輝かせないでくれ。
あれは演技だぞ、演技。
……でも確かに熱が入っていた気がしないでもない。
それは俺も棗も同様だろう。
練習の時はお互い開き直って演じていたが、本番を迎えて箍が外れちまったのか?
危うく唇同士が一次的接触をするところだった。
良く踏みとどまった。 頑張ったな、俺。
「もうこんな事は金輪際、むぐっ!?」
なんだこりゃ?
ストローを口に咥えて、中のジュースを飲もうとしたが……中身が出てこない。
何の嫌がらせだこれは?
「……別の飲み物を貰ってくる」
「あ、もしかして口に合わなかったんですか?」
それ以前に口の中まで届かなかったんだけどな。
こうやって飲むんです、えへへっ。 と、渚は椅子に座りながら俺から返されたジュースを幸せそうに飲んでいる。
そういう俺はと言うと、冷たい『普通の』飲み物を探しにテーブルを巡っているんだが……
どこもかしこもペットボトルは空、その横では水滴が滴るほど冷えている紙パック。
何時の間にこの空間はどろり天国になったんだ?
……無い……空……温くなった飲み残し……
おいおい、マジで普通の冷たい飲み物って品切れなのか?
くそっ、急に我慢できなくなってきた。
一秒でも早く、この渇きを潤したいっ!
やけに熱を入れちまった演技の所為か、身体は俺に対して水分の補給を直訴してくる。
火照った身体は爽やかな清涼感を、乾ききった喉は清々しい冷たさを。
温かいコーヒーとかじゃ駄目なんだ……どろり濃厚じゃ癒せないんだ……
どこだ……どこにあるっ!?
挙動不審とも取られかねない索敵行動を行いつつ、潤いを求めて彷徨っていると、
「ぷはっ! サンキュ、杏。 この冷たさが美味いなっ」
「あっそ、それは良かったわね~」
「なんだよ? もしかしてちょっとご機嫌ナナメじゃないかお前?」
「うっさい。 んなこたぁないわよ」
「そっか?」
「そーよ。 ……確かにあの絡みは目の保養になったけどさ、アンタ達本物じゃないでしょうね?」
「は?」
「あんなに空気作っちゃってさ。 ……まぁ確かに観てた時はヘンな興奮したけど……落ち着いて思い出すとなんかムカつくのよ……」
「なんだよぼそぼそ喋って…… とりあえずお代わりな」
「っ!? はぁ…… アンタはいつでも棗恭介な反応よね……」
「ん? 褒められたのか、今?」
なんていう微妙に恥ずかしいコントが耳に入った。
「なるほどな、それが最後の一杯って事か」
「ああ、悪いなっ」
この男、譲る気なんて毛頭ないんだな。
涼を求めて朴念仁とツンデレな馬鹿ップルな世界に突撃してはみたものの、得られる宝には限りがあったようだ。
最後の一杯か……面白い。
「棗、お前はもう飲んだんだろう? 汝、隣人を愛せよ」
「おっと、そうきたか…… 確かに、かの聖人はそう教えを説いた。 その精神は素晴らしいのかもしれない」
良しっ。
「だがな岡崎、お前は一つ見落としている点がある!」
「何っ!?」
「俺は、仏教徒だぁっ!」
「な、なんだってぇぇ~~っ!!」
ばばーん、と無駄にポーズを決めた棗の足元にひれ伏す俺。
「すまないな岡崎…… 俺は、お前の分まで心置きなく喉を潤すことにするよ」
「ああ、俺の負けだ…… 棗、最後の頼みだ。 その一杯、もし許されるのなら、俺の目の前で飲みきってくれないか……?」
「岡崎……」
「棗……」
今、ここには結果があった。
男と男の、果てしない欲望の勝敗が。
一人は潤い、一人は乾く。
一杯のスポーツドリンクを賭けた、そう、言うなれば『聖杯戦争』の結果が……っ。
「って一緒に飲めば? アンタ達」
「……」
「……」
身も蓋もない杏の一言。
心底可哀想な人を見るような視線を受けつつ、潤い放浪記は幕を閉じていった……
「では、これをどうぞ岡崎さん」
「ん? ああ、悪いな西園」
横から差し出された二本のストローをコップに挿し、俺と棗はお互いに顔を寄せて……
「って、なんでわざわざストロー二本挿しで同時に飲まなきゃならないんだよっ!?」
大声と共に横手の人物へ対してツッコミ兼抗議を行ったが、
「……そうですか。 そこはかとなく残念です」
さっきの寸劇でなにかしらのパワーを充電済みだった西園には、なんの効果も無さそうだった。