「神北」
「ん?」
「もしよかったら今度一緒に……いや」
「ん、何?」
改めて言い直す。
これは小さな一歩。
けれども、俺自身の意思で決めた事。
だから……
「俺と一緒に来てほしい」
曖昧にではなく、明確な希望を伝えよう。
「……古式の、墓参りに」
神北が来たからといって、呵責が和らぐわけじゃない。
一緒に背負って欲しいわけでもない。
……今までは例え相手が恭介達であっても、彼女の元への同行は拒否してきた。
そうするべきだと信じていた。
それでも俺は、一緒に来てほしいと願ってしまった。
凝り固まった心の澱、それを溶かそうとしてくれた……正面から挑んでくれた彼女と、一緒に祈りたかった。
それが、今の、素直な想い。
「もちろんだよ~」
枷すらも暖めてくれるような、陽だまりのような笑顔で答えてくれた。
「それにしても」
「ほえ?」
「随分と泣き虫だったんだな、神北は」
「うええええええ!?」
目を見開いて飛び跳ねる……とでも表現できるような反応を返してきた。
俺達は資料室へと向かっていた。
墓参りの確認後は、まさに天気が変わるかのように晴れ晴れとした笑顔を向けてくれるようになった。
感じるのは、雨上がりの……あの匂い。
幼い頃にどこかで忘れてきてしまった、あの感触。
……まったく、どうかしてる。
俺は一体、どこまで影響を受けているんだろうか?
だがそれも、悪くは……ない。
「そんな事ないよ~!? 私は立派なれでぃだもんっ!」
「いや、その答えはどうかと思うのだが……」
「私は、泣き虫なんかじゃ、ありません」
「しかしだな、」
「おーけー? 私は、泣き虫じゃ、ないのです」
「……ああ」
「ようしっ! これでばっちりだねっ」
「涙脆いけどな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん。 そんなことないってばー」
もう一つ発見した。
神北は、からかうと面白い。
だが確かに、彼女の涙を見る機会は少ないような気がした。
恭介や理樹、来ヶ谷に西園。
彼らと一緒にいる時の神北は、かなりの高確率で半泣きの表情をする事がある。
それでも、実際に本当の『涙』を見せる事はなかったような……
あくまでも表情、心情を表した上での泣き顔でしかなかったのでは?
泣き顔ではなく、泣いているように見える顔。
……だとしたら、彼女が『涙』を見せる時とは、どれほどの感情が篭っているのだろう。
大切な人に、本当の別れを告げる時…… 心の底から、想いをぶつける時……
歩きながらずっと、彼女の事ばかりを考えていた。
「それにしてもびっくりだよね」
「? 何がだ?」
「そこって、私のお兄ちゃんもいるんだよ」
「ほぅ、そうだったのか」
古式が眠る場所。
どうやらその土地には、神北家の墓石も存在しているようだ。
そう遠くない場所だ。 そういった事もあるのかもしれない。
だが、これも一つの偶然なのだろうか。
む…… なんだ? 考え込む癖でもついてしまったのだろうか?
それはそれ、これはこれ、だ。
深く考える事では、
「聞いてる? 謙吾くん?」
「あ? ああ、」
「んー、生返事って言うんだよ、それ」
「悪い神北」
「う、ううん。 こちらこそ……って、あれ? なんで私が謝ってるの?」
「知らん」
「なんだろうね? どうも謙吾くんって他人行儀みたいな…… ああっ!?」
両手を口に添えて、俺の顔を凝視する。
「そうだそうだよそうなんだよ。 これからは変えようよっ、ね?」
「待て待て、落ち着いて話してくれないか?」
「落ち着いてなんかいられないよ~、そうだったんだよ~!」
「だから神北、順序良く話してもらわないと、」
「小毬」
「分らな……はぁ?」
「小毬」
「……ああ、そうだな」
彼女は神北小毬だ。 それは間違いない。
「だ~か~ら、小毬って呼ぶの」
「……誰が」
「謙吾くんが」
「誰を?」
「小毬は私しかいないよ~」
? どういうことだ?
「鈴ちゃんだけずるい。 私の事も、皆の事も名前で呼ぼうよ」
「いや、ずるいとかずるくないとかでは」
「呼んでみようっ」
「別に今迄どおりでも」
「神北って呼ばれると、はいっ! って感じだよ? うん」
もっと親近感を、という事なのか?
「しかし今更呼び名を変えるのもな……」
「謙吾くん」
にこにこ、にこにこ。
そんなにいい笑顔で…… 呼んで、欲しいのか?
にこにこ、にこにこ。
……今なら多少なりとも、鈴の気持ちが理解できるような気がする。
「……こ、」
「……」
「まり」
「む~」
なんだなんだなんだ? 何故こんな流れになっているんだ?
「こ……まり」
「……」
「小毬」
「うん、謙吾くんっ」
……なるほど。 こういう事か。
言葉には表しにくいが…… 確かに、また一つ何かが変わった。
こんな、些細な事で。
「……小毬、資料室に戻ったら──」
次に呼ぶ時は自然に出てきていた。
彼女の名前が。
俺の、口から。