なん……だと……?
神北は、今、何を口にした……っ!?
「古式さんが可哀想。 そう言ったんだよ、謙吾くん」
瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
「っ! お前に何が分るっ!?」
激昂し、声が荒れる。
「藁にも縋るように……こんな、こんな情けない男に頼る事しか出来なかった彼女の……っ」
あの絶望の日々の中にいた彼女。
「終わらない後悔を、」
それを、話で聞きかじった程度のお前に、
「そんな簡単に……っ」
何が分るんだ? ……いや、
「分られて、たまるかっ!!」
知ったような口で、彼女に同情と哀れみを向けないでくれ……
そんなの……あいつがあまりにも哀れだ……
そうだろう? 古式……
「うん。 分るわけないよ」
……神……北?
それでも、この少女は。
俺の目の前で、凛とした眼差しを向けてきた。
「言っている事が……支離滅裂だな」
「そんな事無いよ?」
「お前は古式の事を『可哀想』、と哀れんだ。 それは救われなかった彼女に同情した、憐憫の情だろう?」
「……」
「彼女の境遇を理解したつもりになって、」
「勘違いしないで」
「っ!?」
俺の言葉が遮られる。
いつもと同じ少女じみた声色。 少しだけ舌っ足らずな口調。 ……神北は神北だ。
なのに、その深遠には……強い意志が感じ取れた。
「私は私、古式さんじゃないもん。 古式さんがどんな気持ちでいたのか、全部理解する事なんて出来ないよ?」
「っ、だったら尚更の事、」
「えとね、『他人の後悔を自分の所為にされてる』のが可哀想って言ったの」
「自分の、所為に……?」
何を、言っている……?
「謙吾くんは、こう考えているんだよね? 古式さんを助ける事が出来たのは自分だけだった。 でも出来なかった。
それなのに今は、その時に出せなかった答えを知っている。 その答えを享受している ……違ってたらごめんね?」
だから、何を言いたいんだ?
「謙吾くんだけが助けられた、っていうのは私には分らないよ? 私は古式さんじゃないし謙吾くんでもないから」
「……」
「もしかしたら謙吾くん以外の誰かも、同じように後悔してるのかもしれないよね?」
「それは、」
「事件が起きちゃった事、謙吾くん一人が背負う必要はないと思うの。 私はそれぐらいしか言えないけど」
それは、他の人達にも言われた事だった。
俺が彼女を追い詰めてしまった訳じゃないのかもしれない。
それでも、
「かけるべきだった言葉を見つけられずに、彼女を救えなかったのは事実だ」
「うん」
「そんな俺が、」
「それだよ」
「……?」
「以前は出来なかった、見つけられなかった事を見つけることが出来た。 それはいけない事なのかな?」
「いけないとかそういう話では、」
「前に出来なかった事が出来るようになるって、凄い事だよね? 良い事だよね?」
だからっ!
「例えそれが素晴らしい事なのだとしてもっ! 古式はきっと、どうしてあの時にその答えを言ってくれなかったのかと!
私を救ってくれなかったのに、自分は楽しく毎日を過ごして、」
「いい加減にしてよっ!!」
「っ!?」
神北が……怒鳴った?
「おかしいよ、そんなのおかしいよ謙吾くんっ!」
「おかしくなんてないさ! 誰だってそう思う筈だ! ましてやそれが、自分の命に関わっていたのなら!」
「だからどうしてっ!」
「それが真実だからだ!」
「ねぇ、どうして?」
「何度も言わせるな! それが事実だか…… 神北?」
……何時からだ?
今、気が付いた。
「どうして……亡くなった人の心を、決め付けるの……?」
一体何時から……この少女は、泣きながら訴えかけていたんだ……?
「直に聞いたの? 答えを見つけたら後悔して欲しいって。 この結果は、全部謙吾くんの責任だよって」
「そんな事、彼女が言うとでも、」
「私は、直に聞いた事あるの」
何、を……?
「いなくなる人からの、お願いを」
記憶が空転する。
本来ならば、知らない事が。
知っているはずの無い事柄が。
神北の言葉を、冷静に証明する。
「お兄ちゃんから、直接言われたの。 これは夢なんだよって、忘れて欲しいって……」
妹の事を案じて、純粋に願った最後の言葉。 愛情という名の呪い。
結果、彼女は……
兄の願いを、叶えた。
「人の本当のお願いってね、すっごく重いの。 だって、心の底から生まれてくる想いなんだもん」
零れる涙を拭おうともせず、信じる想いをぶつけてくる。
「もしかしたら、古式さんも謙吾くんと同じ事を思っていたのかもしれないよ? 恨んでたのかもしれない」
だから、
「でもね? 自分だけの思い込みで、古式さんをわるいひとにしないで?」
気付けなかった心の内に、入り込んでくる。
「後悔は自分だけのものだよ? いなくなった人の所為にしないで。 それを理由に、自分の心を傷つけないで……」
……そう、か。
「そんなの、古式さんが可哀想だよ……」
そうなのかもしれないな。
「……謙吾くんが、可哀想だよぉ……」
過去を背負ったつもりでいて、
本当は……今でも逃げていたのかもしれない……
いきなり全ての感情が変わったりはしない。
これからも思い悩むと思う。 それは当然の事だ。
それでも、ひとつの事に気付かせてくれたこの少女。
神北、小毬。
友人を助けたいと願ってくれた……俺にとっても大切な友人。
この娘から流れる涙を、拭ってやりたい。
今はただ、そう思っている自分がいた。
冬の風が、頬を撫でる。
あの日とは違う、冷たい風。
肌で感じる温度はまったくの別物だが、風は風。 ……流れていくものは、同じだ。
きっと、そういうことなのかもしれない。