「っしゃ、到着っ!」

「その掛け声はどうかと思うぞ? 杏」

「うっさいわね、寒いし重いし大変だったのよ。 で?朋也。 あんた達の方はどうなのよ」

「ああ、この分なら問題ないだろうな」

「そ? あ、美魚~、なんかあったかい飲み物頂戴~」

 

 資料室の中は綺麗に整頓され明日に向けての準備が整っていた。

 それでも細かな調整の為か…、小毬達はせわしなく動いているのだが。

CLANALI3  第二話

「温かい飲み物…ですか…?」

「そうだ。 甘くて温かくて幸せなヤツを頼む」

 

 杏に続いて鈴も一緒に注文する。

 

「何故かいいように使われている気もしますが… わかりました」

 

 美魚が作業を止め水筒の入ったバックに手を伸ばそうとしたその時、柔らかい声がかけられた。

 

「それでは、コーヒーは如何でしょうか?」

 

 そこにいたのはこの資料室の主、宮沢有紀寧。

 小さな顔を本棚の陰から覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…美味しい」

「…ちょっと苦い…、でも…甘いな」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 杏はそのまま、鈴はミルクに砂糖たっぷりで。

 有紀寧の特製コーヒーを飲んだ二人は、あっという間にくつろぎモードとなっていた。

 

「丁度いいな、俺達も一息つけるか。 宮沢、俺達にもコーヒーを頼めるか?」

 

 恭介の声に作業をしていた全員が順々に頷く。

 有紀寧は嬉しそうに答えて、コーヒーを注いでまわった。

 

 

 

 

「それにしてもびっくりしました。 資料室が見違えるようです」

 

 有紀寧は室内を見回して、和やかに話し出した。

 

「朋也さんが恭介さんといらっしゃった時には、何事かと思いましたが…」

「「あれはこいつが悪い」」

 

 朋也と恭介がまったく同じタイミングで責任を擦り付け合う。

 三週間ほど前のこと、会場の特定及び下見に来た恭介が朋也と合流し、この資料室に訪れた際…

 

 

 

 『…美味い…』

 『言ったとおりだろ? 棗もこのコーヒーが気に入るって』

 『ああ、これは凄いな。 ……宮沢って言ったよな?』

 『はい』

 『…お前が必要なんだ!』

 『……はい?』

 『おっと岡崎、お前からも言ってやってくれ』

 『そうだな…… 宮沢、聞いてくれ』

 『は、はい…』

 『お前が…必要なんだっ』

 『朋也さん?』

 『『何度でも言うさ』』

 『あの…お二人とも? そんなに身を乗り出されると、カップが倒れてしま…』

 『『お前が……必要なんだっ!!』』

 『何やってんのよあんた達は~~っ!』

 

   ぼこぉっ! がこぉっ!

 

 『『ぐあっ!』』

 『ふ、藤林さん…?』

 

 

 

「どう見ても下級生に迫っている変態男子二人組にしか見えなかったわよ…」

「だからって和英辞典と英和辞典の連投はどうかと思うぞ…?」

 

 後頭部の痛みを思い出したのか、朋也は頭を擦りながら反論する。

 

 その時に資料室で見た光景は、今でも杏の脳裏からは消えてない。

 好意を向けた相手と好意を向けている相手。

 その二人が揃いも揃って一人の下級生に迫っていたのだ。

 事実は違っていたとしても、その時の杏の心境を考えれば当然の処置だった。

 

「お二人とも頑丈なんですね~」

「頑丈って…、宮沢は想像以上に天然みたいだけどな」

「…はぁ…? そうなんですか、ありがとうございます」

 

 有紀寧の見当違いな感想につっこみを入れる恭介だったが、どうやらそのつっこみ自体彼女に届いていないようだ。

 

「はいはい、休憩が終わったらもう少しだけ頑張りましょうか?」

「ふむ、藤林女史。 随分と乗り気だな? あくまでも罰ゲームだったと記憶しているが」

「そりゃ最初は、はぁっ?って思ったわよ。 でもここまでお膳立てがそろっているのに不貞腐れてなんていられないわよ。

  なに? あんたもそうじゃないの? 来ヶ谷唯湖さん?」

「はっはっは、少しばかり違うな。 おねーさんは初めから乗り気だったぞ? むしろノリノリだ」

「ノリノリってあんたね… ちなみにあたしの方が年上なんだけど? おねーさんって変じゃない?」

「ほう…年上…かね?」

 

 来ヶ谷は杏の胸に視線を落としてからやさしく答えた。

 

「……なるほどなるほど。 うむ、まだまだこれからの余地はありそうだが…」

「ちょっ!どこで判断してるのよっ!?」

「おっぱいだが?」

「ストレートに返答すんじゃないわよっ!」

「男性諸君はどう思うかね?」

「~~~っ!」

 

 杏はその一言に反応し両腕で胸を隠す。

 少しだけ身を縮こまらせて恭介と朋也にちらりと目を向けるが……

 

「ははっ! 小毬は無邪気だなっ!」

「あうう~、恭介さんがいじわる言うよ~…」

「ん、西園のお茶も美味いな」

「…岡崎さんでも女性を褒める事があるんですね。 ありがとうございます」

 

 全く別の話をしていた。

 

「って少しは興味を持ちなさいよっ!」

 

   ばこ~ん!

 

 半分嫉妬、半分テレ隠しな辞書が後頭部に当る。

 …もちろん二人いる男性の内、どちらに狙いを定めたのかは言うまでも無い事だ。

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