「どうしたの? こんなところで?」

「っ……」

 

 真っ直ぐな瞳が俺をみつめる。

 純粋な、眼差しで……

 

「……あ、ああ。 少し、な」

 

 上手く、考えを纏められない。

 

「ん~? ……もしかして、まだテレ屋さんのままなのかな?」

 

 そう言いながら神北は、伸ばした人差し指を口元に当てて、軽く首をかしげた。

 

「い、いや…… そういう事では」

「ん、じゃあ戻ろうよ謙吾くん。 パーティー会場で楽しい事がはじまるんだよ~♪」

 

 

 

 

 タノシイ、コト?

 

 

 

 

「ほらっ、行こうよ~」

 

 笑顔で、近づき、俺の手を……

 

「やめろっ!!」

「えっ?」

CLANALI3  第十八話

「……謙吾くん?」

 

 俺に伸ばしかけた手。

 それを振り払われた神北は、ただでさえ大きな瞳を更に丸くして……俺の顔を見る。

 

「楽しい事、だと……?」

 

 

 

 ──読書ですか…… それは──

 

 

 

 あの日の言葉が、目の前の少女と重なる。

 

「え、え、えと……」

 

 今俺は、この少女に対してどんな眼差しを向けているのだろう。

 彼女にしてみれば何がなんだか分らないのかもしれない。

 普段なら馬鹿な事を率先して行動する男友達。

 そんな奴が自分の手を振り払い……いつもとは違う感情をぶつけてきているんだ。

 それも、自分にはまったく身に覚えの無い事で。

 

「どう、しちゃたの……かな?」

 

 どうしたのだって?

 俺だって知りたいさ。

 でも、止まらないんだ。

 あの時の想いが、その後の後悔が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、『楽しい事』、なんですか?──

 

 怒りや悲しみじゃない。

 その時、彼女の瞳が映していたのは、

 

 ──ご意見、ありがとうございます……でも、──

 

 薄れてゆく期待の色、失望だった……

 

 ──宮沢さん…… あなた自身がタノシイと思えるコト…… それを教えてください──

 

 教えられえる訳が無いだろう。

 あの当時の俺が楽しんでいた事など……何一つありはしなかったのだから。

 

 

 どれくらいの長さだったのだろう。

 あの瞳が、俺を捕らえていた時間は。

 

 ──……ごめんなさい、失礼しますね……──

 

 答えを返せなかった俺の横を、艶やかな黒髪が流れ過ぎて行く。

 それはまるで、開いた掌から、水が零れ落ちるように……

 

 

 その翌日、

 

 彼女は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「謙吾くんっ」

「っ!?」

 

 世界に、色彩が戻る。

 

「わ、悪い、神北」

 

 目の前には不安そうな少女。

 ……一度は振りほどかれた手を、再び握り締めて……

 

「んっん…… これから何が始まるんだ? っと、自分の目で確かめた方が良さそうだな」

 

 未だに心のスイッチを切り替える事は出来ていなかったが、なんとか普段通りの言葉を吐き出す。

 ……どうかしている。

 俺は決めたはずだ。 十分に、今を、楽しんでいくと。

 心の折り合いは、既に付いている筈だ。

 校舎に向かって足を踏み出そうと、身体の向きを変えるが、

 

「?」

「待って」

 

 繋がれた手が、俺をこの場から動かさなかった。

 

「今、凄く辛そうな顔してるよ?」

「そんな事、」

「あるよね?」

 

 むぅ、時々あるな。

 こうやって、神北が強気に意見を伝えてくる事が。

 正直、今のように心の中が揺らいでいる時には、少しだけ……煩わしい。

 

「なんでもない」

「うそ」

「本当だ」

「む~~~」

 

 しつこい。

 例え俺の心の内を伝えたところで、お前に何が分る?

 

「言ったところで意味は無い」

「ようしっ、言ってみよう♪」

「……人の話を理解しているのか?」

「え? もちろんだよ~。 もしも悩み事だとしたら、力になれるかもしれないよ?」

 

 笑わせるな。

 だったら答えをくれるのか?

 この想いの行き着く先を、向けどころを、教えてくれるのか?

 

「思い出していただけだ」

「思い出していた?」

「……古式の事を」

「あっ……」

 

 お前も知っているんだろう?

 俺が彼女の相談に乗っていた事を。

 ……そして、報いる事が出来なかった事を。

 

「俺はあの時、『楽しい事』なんていう想い一つも伝えられなかった」

「……」

「そんな俺が、今じゃ率先して『楽しい事』を享受している」

「……」

「恨まれて……当然だな」

 

 神北に視線を向けず、淡々と語った。

 正に予想通りだ。 分る筈も無かっただろう?

 

 ……何をやっているんだ、俺は。 八つ当たりも良いところだ。

 たまたま感傷的な気分になり、近くにいた友人に対して感情という名の傷をつける。

 精進が足りなさ過ぎる……っ。

 

「すまない、忘れてくれるとありがたい」

 

 それだけを言い放ち、俺は今度こそ校舎へと歩き出した。

 神北は、ついてこなかった。

 

 

 だが、

 自己嫌悪に浸る間もなく、

 

「古式さん……可哀想」

 

 背後から突き刺さった古式への同情の言葉が、心の隙間に冷たく差し込まれた。

 

 視界が反転する。

 振り向いた目に映ったのは……

 射抜くような眼差しを持つ、俺の知らない少女だった。

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