「めぅりぃー、くふりすま…」

 

 おそらくその不審人物は、メリークリスマス…と言いたかったのだろう。

 しかし紙袋で篭ったその声は言葉として言い終える前に、迫り繰る影によって断ち切られた。

 

   ひゅっ…!

 

 風が、疾る。

 

「ぁわあっ!?」

「…ちっ」

 

 刹那の瞬間に間合いを詰めた影……来ヶ谷の手刀を既の所で避けたものの、可哀想な程に動揺し始めた。

 流石にこの速さでの先制攻撃は予想外だったのか。

 

「『ちっ』って舌打ち!? 今の一撃って絶対本気っ……ひっ!?」

 

 いきなり素になって反論を試みるが、左斜め前から迫り来る実の姉の姿をその目に焼きつけ、声にならない悲鳴を上げる。

 

「覚悟しろっ! この変質者っ!!」

「ねっ! 姉ちゃ…っ!!」

 

   すぱぁぁ~~んっ!

 

 智代のハイキックが綺麗な楕円を描き、資料室全体に心地よい打撃音が響き渡った。

CLANALI3  第十四話

「間に…合ったぁぁ……」

 

 静寂が支配するその空間で、万感の想いを込めた声が紡がれる。

 

「…なん、だと?」

 

 智代の声が愕きに満ちる。

 反応、速度、タイミング。 どの事項を思い描いても確実に決まったとしか答えられない自らの一撃。

 その会心の攻撃が同じ型、そう、見惚れてしまうほど綺麗なハイキックで防がれていた。

 

「扉を開けた瞬間に後悔した。 …でも、気付いた時には手遅れだった…」

 

 防ぎきった安堵からか、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。

 

「あたしが、一番伝えたかった言葉を言うよ…」

「そんな… なんでお前が…?」

 

 振り上げた足を下ろしながら彼女は言い放つ。 ──心に溜めた想いと共に。

 

 

 

「鷹文… あんたを… 助けに来たっ!!」

 

 

 

「ってこの格好にしろって言ったの河南子でしょっ!?」

「…ありゃ? そだっけか?」

 

 物凄い勢いで紙袋を脱ぎ去り、その下から現れた顔は……智代の弟、鷹文のものだった。

 そして乱入してきた女性は河南子。 野球にも参加した事のある後輩二人の姿がそこには並んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても吃驚したよ、河南子さんに鷹文君」

 

 紙コップを渡しながら、理樹が二人に微笑みかける。

 一連の騒動が一段落し、原因となった二人は数人に囲まれながら事情徴収を受けていた。

 

「いえ、本当にすみませんでした。 やりすぎでしたね」

「えー、そんなことないっしょー?」

「だから少しは懲りようよ河南子……」

「なんだーおめー、やんのかー?」

「あ、直枝さん。 ありがとうございます」

「って無視すんなっ! 鷹文の癖に生意気じゃね?」

 

 どうやらこの二人、ただ単に登場するのでは面白くなかったようで、何かサプライズをしてやろうといった魂胆だったようだ。

 もちろん首謀者は河南子。 鷹文もノリノリだった彼女を止めきることが出来ず、一役買ってしまった…との事。

 と言っても部屋に入った後のことは深く考えておらず、結局二人揃ってアドリブだけで乗り切った感じであった。

 

「危うく姉ちゃんのフルスイングなハイキックを貰うところだったよ…」

「ん、あたしに感謝だな」

「河南子の所為で貰うところだったんだけどねっ!?」

「にしても来ヶ谷だっけか。 久々に会うけど、やっぱり凄えーなあんた。 先輩より速く仕掛けてくるなんて」

 

 既に興味の対象が変わったのか、河南子は先程の展開を思い出して来ヶ谷に目を向ける。

 

「なに、たまたま誰よりも早く気が付いただけさ。 命知らずな不審者が入り込んできた、とね」

「鷹文もよくかわしたよねー。 ありゃ人間の出せるスピードじゃないって」

「ほう、それは随分とおねーさんを認めてくれているものだな。 よし、いいだろう。 河南子くん、手取り足取りレクチャーを…」

「あ~、そっか。 そうだそうだ、こーゆーキャラしてたんだっけっか…って少しずつ顔の距離縮めんな!」

「……ふふっ。 口が悪い年下のツインテール元気っ娘か。 これはおねーさんたまらないな…」

 

 今日も変わらず、来ヶ谷は絶好調だった。

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ」

「? どうした真人」

「あ? 謙吾か… なんでもねえよ」

「筋肉に問題でもあったのか? そんな溜息ついて」

「いや、筋肉は無問題なんだけどな。 っていうか俺の筋肉に問題なんかねーよっ!」

「ならなんだ? せっかくのパーティーだ。 辛気臭い顔なんてするもんじゃない」

 

 鷹文と河南子を囲っている集団から少し離れた場所で、お馬鹿二人が揃っていた。

 

「ホントなんでもないって。 ただ、なんかよ…」

「言ってみろ」

「ん、クー公…」

「能美…? なんだ?」

「笑ってんだよ。 元気に」

「…昨日の事を引きずっていないという事じゃないのか? いいことだろう?」

「でもよ、あいつ…」

「でも?」

 

 真人が言葉を続けようと口を開く。 だが、

 

「謙吾くんに真人くん発見~。 なんのお話しているのかな~?」

 

 はい、お料理だよ~と小毬が皿を持ちながら寄ってきた。

 

「神北…ってそんな近寄るんじゃない! ばっ馬鹿者!」

「あー、謙吾くん酷いー…」

「と、とにかく今のお前達は…その、なんだ… もっと自分の格好をだな…」

「格好? この服の事? ……もしかして謙吾くん、えっちさんだったのですか?」

「え、ええい! 大和撫子はどこへ行った! 破廉恥なっ!」

「巫女さんが良かったのかな?」

「がはぁっ! …い、今何を言っ…」

「だって前にゆいちゃんが言ってたよね? 謙吾くんは巫女さ、」

「まーーーーーん! そんな事は断じてまーーーーーーーんっ!!」

「け、謙吾くん!? ……行っちゃった…」

 

 自分の中の何かを守る為(?)、謙吾は旅立っていった。

 

「ん~、謙吾くんどうしたんだろうね。 ねえ真人くん分かる?…っていない、いないよ真人くんも!」

 

 いつ離れたのだろうか。 既にそこには真人の姿はなかった。

 

「…かみもぐもぐも、もぐもももぐもう…ふもぐ、もぐっごくん、です(神北さん、一人っきりではしゃいで…風子、びっくりです)」

「うわーーん。 私、かわいそうな子じゃないよ~~。 そんな目で見ないで~~」

 

 何故か小毬の側にいた風子。

 食べ物を口いっぱいに頬張りながらも、何気なく小毬にダメージを与えていた……

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