「理樹、残りは誰だ?」
謙吾が理樹に問いかける。
走りながらの問いかけだからだろうか?
普段の温厚な口調でも、遊びに熱中している時の口調でもない緊迫感を感じる声だ。
「ついさっき真人を来ヶ谷さんが確保したから……」
「残るは…」
理樹と謙吾、二人の声が重なる。
「「恭介だけだ」」
理樹の目に本気の光が宿った。
「時間が無いよ。 人海戦術で一気に追い詰めよう。 謙吾、周りを見張っていて」
二人は立ち止まり、一人は携帯電話の操作を、もう一人は辺りに注意の目を向けだした。
──これは当事者だけしか知りえない、仲間達にも秘密の物語──
「はぁ、はぁ、はぁ、」
廊下を駆け抜けているのは棗恭介、現段階で最後の生き残りだ。
今日行っている彼らの遊びは、とてもシンプルな鬼ごっこだった。
「なんだ…? あいつら突然連携し出したな。 くそっ残り時間もあと少しだっていうのに!」
ルールは単純。
半々に分かれたメンバーでの時間制限付な鬼ごっこ。
特別な点といえば、敗者側にちょっとした義務が課せられるだけなのだが…
「あと少しなんだ…、あと少し耐え切れば…っ!」
恭介には是が非でも勝者にならなければならない理由が存在した。
そう……彼にとっては。
古河家面々と約束した日まであと二日。
内容は不明瞭だったが、情報を総合したところ大人数での遊びという事が判明した。
「チームプレイの練習にもなるし、今日は鬼ごっこでもしない?」
そう意見を出した理樹に反対する者はいなかった。
だがそこは恭介、より白熱させる手腕を発揮させる。
「シンプルな内容だからな。 こんな罰ゲームはどうだ?」
恭介の提案に対し様々な反応が返ってきたが、結局は取り入れられることになった。
……そしてそのゲームも佳境に入る。
(たったったったっ)
「! 正面からか!」
廊下正面の曲がり角から、女性の物と思わしき足音が響いてくる。
道は一本道、かといって走り抜けてきた後ろの道は鬼による捜索の手が伸びている気がする。
「ならばっ!」
恭介は左手にある教室の扉を開き、その中に飛び込んだ。
「きゃっ!」
「おっと!」
教室に入ると中にいた女子生徒とぶつかりそうになり、その子はバランスを崩した。
ぱしっ
だが崩れきる前に、恭介がその子の手を掴んで転倒を防いだ。
「誰っ? こんな急に駆け込んでくるなんて……ってまた貴方なの…?」
「二木か…悪い、不注意だったよ」
恭介と接触してしまったのは二木佳奈多だ。
…放課後の見回りでもしていたのだろうか。
「すまないが時間が無いんだ。 二木、一つ頼めるか?
俺はここに隠れるけど、誰か来ても俺の事は知らないって言ってくれ」
そう言いながら恭介は掃除ロッカーの扉を開く。
「誰に頼んでいるのよ? そんな事聞き入れる理由が無いわ」
「頼むっ!」
「それよりもそんな危険な行為は手早く終わらせたいところね」
「おいおいっ!」
「安心して。 誰か来たらしっかり教えてあげるから」
取り付く島も無い。
確かに風紀委員としては恭介の頼みを聞き入れる必要は無いのだが。
(たったったっ)
足音が近づく。
「くっ!」
恭介は瞬時に判断を下した。
「え? きゃっ!」
ぱたん
ガラッ!
「御用だーーーーーーーーっ! ……ってありゃりゃ? 誰も居ませんネ…?」
教室前方の扉を開いた葉留佳は、誰もいない教室で一人呟いた。
「危なかったな……。 正に間一髪ってところだな…」
恭介は小声で呟く。
「……貴方っ!」
対して佳奈多も小声だ。
「ん? どうした二木? 痛かったか」
「い、痛くなんて…ないわよ……」
「そうか…よかった」
「~~~っ! …そ、それよりなんのつもり!? これは!?」
「悪い、付き合ってくれ」
「正気っ!?」
……二人は寄り添い、ロッカーの中に隠れていた。
あの瞬間、恭介は佳奈多の手を引いて一緒に隠れる事を選択した。
もちろん佳奈多の意見を聞いてる時間なんてありはしない。
佳奈多にとっては、気が付いたらこの状況だ。
正常な思考が出来るわけも無く……
「ち、近いわよっ」
「仕方ないだろ? 掃除ロッカーなんだぜ?」
「くっついてる…体、くっついてるっ~~~っ!」
「お、おい、動くなって…」
「~~~っ!」
正直、佳奈多は今まで異性とこれほど密着した経験は無かった。
まったく未知なる状況。
その為か、普段の思考能力の半分も発揮できていない。
「お! ここから外が見えるな」
それに比べ、恭介はいつもと同じ落ち着きようだった。
同年代の異性と極めて狭い密室で触れ合っている状況……
それよりも鬼に見つからないかどうか、ただその一点にしか意識が向いていない。
……そして時間だけが過ぎていく。
「あの足音は三枝だったのか…」
扉の隙間から外を確認した恭介は、自分を探しに来た鬼を視認した。
「っ! 葉留佳!?」
「ああ、今は携帯で話している…」
恭介は葉留佳の様子を注視している。
自分の胸の中にいる佳奈多の焦りには気付かずに。
「…こんな姿、葉留佳に見られたら……どんな尾ひれが付くか……。 っ駄目、絶対駄目!」
佳奈多、焦る。
色々と焦る。
「風紀委員の私が男子生徒と……って、~~~っ! 駄目駄目駄目駄目っ」
佳奈多自滅。
現状を客観視してしまい、更なるいっぱいいっぱい感が佳奈多を襲う。
…心臓の音がうるさい。
…顔が火照って仕方ない。
……どうしたらいいのかまるでわからない。
……どんどんかんがえがまとまらなくなっていって…
…どくん
「(え?)」
…どくん…どくん…どくん…
「(このおと…)」
不意に佳奈多は気が付いた。
自分の物ではない、もう一つの鼓動に。
…どくん…どくん…どくん…
「(棗…恭介の…音…)」
…どくん…どくん…どくん…
「(そっか…)」
ゆっくりと佳奈多は落ち着きを取り戻してきた。
それは、とても不思議な感覚だった。
「(…この男もどきどきしてるのね…)」
そう思った瞬間、佳奈多から笑いがこぼれる。
「ふふっ」
「よしっ! 教室から出て行った」
同時に呟いた為、恭介は佳奈多の声に気が付かなかった。
…とても、とてもやわらかいその微笑みに…
チャイムが鳴り響く。
ゲームの終了をも意味するチャイムだった。
ロッカーから出て、集合場所へと向かう恭介。
…そして、隣には佳奈多。
その二人はついさっき、ある一つの約束をした。
……今日の事は、二人だけの秘密よ……
本当にちょっとした、『秘密の一日』…
「俺達の勝ちだな!」
恭介は満面の笑顔で宣言する。
「恭介、よく生き残ってくれたな……ありがとよ…ありがとよっ!」
真人もやけにテンションが高い。
「「「……」」」
対して鬼役の面々は心底肩を落としている。
「?」
佳奈多だけ状況が掴めていなかった。
そして恭介は、敗者に向かって改めて罰ゲームを伝える。
「これで今日一日、お前達は勝者を 『お兄ちゃん』 と呼ぶ事が決定した!」
「はあっ!?」
佳奈多唖然。
…というか佳奈多の時が止まった。
恭介の視線は理樹・鈴・クドを行ったり来たりしている。
幸せそうだ…恭介はとても幸せそうだ……
…そして時は、動き出す…
「こんな事の為に……この男は、あんなに一生懸命……」
「? 二木?」
「~~~っ! 棗恭介っ!」
ぱぁ~~~~~~んっ!!
「うわっ!」
「うにゃっ!」
「なんだっ!」
「むっ!」
「わわっ!」
「お、お姉ちゃっ!」
「ほほぅ…」
「わふっ!」
「まぁ…」
容赦の無い渾身の平手打ちが恭介を捉えた。
いい場所に入ったのだろう、恭介は綺麗に崩れ落ちる。
「この男が起きたら伝えなさいっ! この唐変木っ!」
「うわぁ~、お姉ちゃんに何があったんですかネー」
葉留佳が去っていく佳奈多を見て呟くが、誰も答えられない。
翌日、佳奈多の機嫌を直そうと必死に奔走している恭介がいた。
おそらく、いや確実に恭介は理解出来ていないのだろうが……
──恭介は 『無自覚な唐変木』 の称号を手に入れた──
アリさん、素敵な恭佳絵ありがとうございました!
原案・挿絵:ARI-COM(管理人 アリ)
執筆:愛すべき馬鹿(管理人 元テンチョー)
勢いと妄想で書き上げました。後悔はしていません(笑)
当作品は、アリさんの原案から執筆した物となっています。
自分としても初の試みであり、大変楽しませて頂きました。本当にありがとうございます!
また機会があれば挑戦したいと思います。
最後にアリさんへ、重ね重ね感謝を申し上げます。
改めまして、これからもよろしくお願い致します。 2007/11/25 元テンチョー