「ふぅ…」
古河家面々の入浴後、最後に風呂へ入った俺はゆっくりと湯船に体を沈めた。
「朋也くん」
「渚?」
「着替え、置いておきますね」
「ああ、ありがとな渚」
「はい。 えへへっ」
「? どうした?」
「まるで新婚さんみたいです……って聞かなかった事にしてくださいっ!」
…ったく……
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ! 渚ぁぁああああああ!!」
「秋生さん、もう夜遅いのに近所迷惑ですよ?」
「あ、早苗さん。 いいお湯でした」
風呂上り、廊下で早苗さんと出くわした。
「そうですか? よかったですっ」
「ええ、それにしても冷えますね」
「もう秋ですからね。 温かいものを持っていきますので居間で待っていてください」
「はい、ありがとうございます」
本当、いい奥さんだよな。
「おう、小僧! ゲームしようぜゲーム!」
…このオッサンの奥さんってのが不思議だけどな。
「なんだよ? 今は渚と遊んでるんだろ?」
「こいつにゲームは駄目だってことが判明したんだよ」
「お父さん、全然手加減してくれないんです…」
酷ぇなオッサン。
「渚…すまねえ。 勝負の世界は非情なんだ…」
「何のゲームを…ってまた懐かしいものを……」
オッサンと渚は初代某ひげ兄弟配管工ゲームをプレイしていた。
「そもそもこれは協力して進んでいく内容だろ? なんだよ手加減って」
「え? そうだったのか? これって骨肉の争いをしつつ相手を陥れるゲームだろ?」
まぁその気持ちは良くわかるけどな。
いつだか春原とこれを遊んだ時には…
「お? なんだよ岡崎。 随分懐かしいゲームを選んだね?」
「よーし! せっかくだから99面までクリアしようぜ! 僕と岡崎なら出来るさ!」
「岡崎ナイス! そのひっくり返った亀は僕が蹴りにいくぜっ!」
「ってうわぁぁぁ! なんで蹴る瞬間に亀を起こすのさっ! 死んじゃったじゃんか! 僕の○イージ!」
「ったく、気をつけろよ…ってうわぁぁぁ! そんなにPOWブロック使うなよ! ああ! また死んだ!」
「押すな! 押すなって! 敵にぶつかる! ぶつかるよ! ってぎゃぁぁぁ! 全滅したぁ!」
「ってアンタ絶対わざとっすよねぇ!!」
…あの時の春原、輝いていたなぁ…
「よしっ! 渚、今だっ! そこの奴を蹴り飛ばせっ!」
「わぁ! …お父さん酷いですっ。 私の○リオさんが亀さんに噛まれてしまいましたっ!」
…やってる事が俺と同じだよ…
「お茶です、どうぞ」
「あ、どうもっす」
いつの間にか早苗さんが傍に来ていた。
「秋生さん? あまり酷い事はしないで下さいね?」
「なんだよなんだよ? 俺様一人が悪者か?」
「秋生さん」
「ちっ、しゃーねーな……。 んー、早苗、お前が俺を『あなた』って呼んでくれたら考えてやる」
またこのオッサンは。
「あなた、駄目ですよ?」
「…早苗、好きだ」
「はいっ!」
あぁ…あほあほ夫婦がここに……。
「でも、懐かしいですね」
「だろっ? 早苗、お前もやるか?」
オッサン、目をキラキラさせ過ぎだ。
「違いますよ秋生さん。 『あなた』っていう呼び方、あの時以来ですよね?」
あの時?
渚を見るが、(ふるふるふる) 首を振るだけだ。
「あー、あの時か……。 あのクリスマスの夜、だな」
「はい」
「? 渚の誕生日か?」
「いいえ、もっと前の事です」
「俺様と早苗がまだ高校生だった頃だよ」
「わたし、そのお話知らないです」
渚も知らない話か。
「そのクリスマスがどうしたんだよ?」
「その時、まぁちょっとした事があったんだが…それはいいさ」
「わたし、その時はまだ秋生さんと親しくなかったので…『あなた』、と呼んでいたんです」
「たしか俺からは…『あんた』、だったか」
「はい。 呼び方のニュアンスは違いますけどね。 …なんでも叶う、特別な夜でした…」
「……懐かしいな、早苗」
「……はい」
二人に広がるなんとも言えない感じ。
そうだよな……。
この人達は、とても長い時間を一緒に過ごしてきたんだ。
オッサンと早苗さん。
連れ添いあったお似合いの夫婦…だよな。
「(渚、行こうか?)」
「(…はい)」
俺と渚は、静かにそれぞれの部屋に戻る。
という俺達の気遣いも虚しく、
「小僧!」
「オッサン!?」
部屋で布団を敷いていると、居間に居るはずのオッサンが顔を覗かせてきた。
「一週間なんてあっという間だからな。 明日にでも残りの面子にしっかり声をかけておけよ」
ったく。 気を利かせたんだから少しはゆっくりしろってんだよ。
だから俺は、らしくない笑顔で答えてやる。
「任せておけって、オッサン!」