「ようやく…見つけた……」

 

「……どうして……?」

 

 

 恭介がいる。

 今、自分の目の前に。

 

 それだけで。

 たったそれだけで。

 

 

 

 零れ落ちる涙に歯止めが利かなくなっていた。

CLANALI2  第三十六話<最終話・晩秋>

「……ぅ…っひっく…」

「その、なんだ。 言っておきたい事があったからな。 とりあえずは……泣き止んでくれると、ありがたいんだが」

 

 ポケットから真新しいハンカチを取り出した恭介だったが、その手は受取人不在のまま浮いている。

 受取人は、恭介に背を向けて必死に嗚咽をかみ殺そうとしていた。

 次々と零れ出す涙と、それ以上にこみ上がる相手への想い。

 それらを…たった一人で、押さえ込もうとしているかのように。

 

「……杏…」

「…っく……ぅう…」

 

 どうしたものだろうか。

 恭介は考える。

 理樹の言っていた通り、杏は泣いていた。 いや……今、泣いているんだ。

 この涙を止めたい。 笑顔が見たい。 …杏の声が聞きたい。

 そもそもなんで泣いているんだ?

 泣かせた奴が居るんだ。

 それは誰だ?

 誰が杏から笑顔を奪いやがったんだ!?

 …俺だ。

 俺が泣かしちまったんだ。

 ……何やってんだよ俺ぇっ!

 

 自分では冷静に考えを纏めているつもりなのだが、ものの見事に混乱していた。

 

 涙を止めたい。 でもハンカチすら受け取ってもらえない。 そもそも自分に向いてすらくれない。

 …後ろから抱きしめる?

 いや、それは不味いだろ? 流石に。

 そういったことは、好きな男にしてもらうものだ。 俺の役目じゃない。

 肩に手を乗せる…? でもって話し出す?

 なんか違う。 今は……多かれ少なかれ拒絶されているんだ。

 

 …なら。

 

「…杏、そのまま少しの間だけ動かないでくれ」

「……ぅ…?」

 

   とん…

 

「?」

「…そのまま、聞いてくれるか?」

 

 

 二人は背中合わせに立っていた。

 …ほんの少し触れ合う程度に。

 

 

 

 

「最初に…伝えたい事があるんだ…」

「……」

 

 恭介は、軽く空を見上げながら。

 杏は、少しだけ俯きながら。

 自分の心と…想いを語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だから、そう思ったから。 関係ないなんて言っちまった。 どう受け取られているかなんて、気が付きもしないまま」

「…そう…なんだ…」

「悪かったな…杏…」

「…ん。 だいじょうぶ、もう。 …大事な人って思ってもらえていたんなら……、だいじょうぶ」

「当然だろ? だからこそ俺は楽しいんだ。 お前と話していて。 笑顔を見ていて。 …一緒に居られて」

「…ばか」

「…なんだよ?」

「……なんでもない。 …えへへぇ」

「? 笑ってんのか?」

「こっち見るなっ、鈍感っ!」

「へいへい…」

 

 そんな事を言いながらもその顔には、照れたような嬉しいような…彼女独特の表情が浮かんでいた。

 

「…ねぇ、恭介」

「ん、なんだ?」

「聞いてくれる?」

「もちろんだ」

 

 いつの間にか、二人の間には普段通りの空気が流れていた。

 それでも体勢は変わらない。

 背中合わせのまま。 

 それでも少しだけ、本人達すら気が付かないほどの距離だけ……近づいていた。

 

「好きな人がいるんだ、あたし」

「マジかっ!?」

「ふふ~ん? そんなにびっくりした?」

「したさっ! …マジ、なのか…?」

「うん。 …相手は気付いてもいないんだけどね」

「……そうか…」

「すっごく良い奴なんだ、そいつ。 ……でも馬鹿。 おまけに鈍感。 きっと、自分の事に疎いんだと思う」

「なんだよそんな奴? お前だったらもっといい奴を見つけられるんじゃないか?」

「…はぁ…」

「溜息をすると幸せが逃げるんだぞ? 知ってたか?」

「ばか」

「…」

 

 ホントに馬鹿。 鈍感。 唐変木。 かいしょーなし。

 …でも。

 

「びっくり…したんだよね?」

「なんか嫌な汗かいた」

「まだ、告白とか考えてないから。 今は。」

「…そっか」

「ん」

 

 今は、まだ。

 もう少しだけ、自分の事も見つめてみたいと思う。

 あんたが……言ってくれたから。

 あたしも同じ。

 恭介の事、すごく、すっごく……

 

「…大切だよ」

「杏?」

「いいのっ! ほら、戻るわよっ? さあさあ!」

「おいおいっ」

 

 

 

 

 

 彼女は彼の手を引いて歩き出す。

 自分の足で、しっかりと。

 

 

 彼は彼女に手を引かれて歩き出す。

 一人では見つけられない、新しい道へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で? さっきのは?」

「さっき?」

「大切だって」

「!! 聞こえてたのっ!?」

「何がたいせ…」

「っ! 知らないわよっ! もうっ!!」

「!? おい杏、待てって! …杏っ!」

 

 顔を真っ赤にしながらどんどん進んでいく杏。

 突然スピードを上げた杏に声をかけながら追い続ける恭介。

 

 それでも二人の距離が離れる事はなかった。

 

 

 繋ぎあった右手と左手。

 

 その手は……その程度の問題で引き離されるほど、拙い繋がりではないのだから。

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