「ようやく…見つけた……」
「……どうして……?」
恭介がいる。
今、自分の目の前に。
それだけで。
たったそれだけで。
零れ落ちる涙に歯止めが利かなくなっていた。
「……ぅ…っひっく…」
「その、なんだ。 言っておきたい事があったからな。 とりあえずは……泣き止んでくれると、ありがたいんだが」
ポケットから真新しいハンカチを取り出した恭介だったが、その手は受取人不在のまま浮いている。
受取人は、恭介に背を向けて必死に嗚咽をかみ殺そうとしていた。
次々と零れ出す涙と、それ以上にこみ上がる相手への想い。
それらを…たった一人で、押さえ込もうとしているかのように。
「……杏…」
「…っく……ぅう…」
どうしたものだろうか。
恭介は考える。
理樹の言っていた通り、杏は泣いていた。 いや……今、泣いているんだ。
この涙を止めたい。 笑顔が見たい。 …杏の声が聞きたい。
そもそもなんで泣いているんだ?
泣かせた奴が居るんだ。
それは誰だ?
誰が杏から笑顔を奪いやがったんだ!?
…俺だ。
俺が泣かしちまったんだ。
……何やってんだよ俺ぇっ!
自分では冷静に考えを纏めているつもりなのだが、ものの見事に混乱していた。
涙を止めたい。 でもハンカチすら受け取ってもらえない。 そもそも自分に向いてすらくれない。
…後ろから抱きしめる?
いや、それは不味いだろ? 流石に。
そういったことは、好きな男にしてもらうものだ。 俺の役目じゃない。
肩に手を乗せる…? でもって話し出す?
なんか違う。 今は……多かれ少なかれ拒絶されているんだ。
…なら。
「…杏、そのまま少しの間だけ動かないでくれ」
「……ぅ…?」
とん…
「?」
「…そのまま、聞いてくれるか?」
二人は背中合わせに立っていた。
…ほんの少し触れ合う程度に。
「最初に…伝えたい事があるんだ…」
「……」
恭介は、軽く空を見上げながら。
杏は、少しだけ俯きながら。
自分の心と…想いを語りだした。
「……だから、そう思ったから。 関係ないなんて言っちまった。 どう受け取られているかなんて、気が付きもしないまま」
「…そう…なんだ…」
「悪かったな…杏…」
「…ん。 だいじょうぶ、もう。 …大事な人って思ってもらえていたんなら……、だいじょうぶ」
「当然だろ? だからこそ俺は楽しいんだ。 お前と話していて。 笑顔を見ていて。 …一緒に居られて」
「…ばか」
「…なんだよ?」
「……なんでもない。 …えへへぇ」
「? 笑ってんのか?」
「こっち見るなっ、鈍感っ!」
「へいへい…」
そんな事を言いながらもその顔には、照れたような嬉しいような…彼女独特の表情が浮かんでいた。
「…ねぇ、恭介」
「ん、なんだ?」
「聞いてくれる?」
「もちろんだ」
いつの間にか、二人の間には普段通りの空気が流れていた。
それでも体勢は変わらない。
背中合わせのまま。
それでも少しだけ、本人達すら気が付かないほどの距離だけ……近づいていた。
「好きな人がいるんだ、あたし」
「マジかっ!?」
「ふふ~ん? そんなにびっくりした?」
「したさっ! …マジ、なのか…?」
「うん。 …相手は気付いてもいないんだけどね」
「……そうか…」
「すっごく良い奴なんだ、そいつ。 ……でも馬鹿。 おまけに鈍感。 きっと、自分の事に疎いんだと思う」
「なんだよそんな奴? お前だったらもっといい奴を見つけられるんじゃないか?」
「…はぁ…」
「溜息をすると幸せが逃げるんだぞ? 知ってたか?」
「ばか」
「…」
ホントに馬鹿。 鈍感。 唐変木。 かいしょーなし。
…でも。
「びっくり…したんだよね?」
「なんか嫌な汗かいた」
「まだ、告白とか考えてないから。 今は。」
「…そっか」
「ん」
今は、まだ。
もう少しだけ、自分の事も見つめてみたいと思う。
あんたが……言ってくれたから。
あたしも同じ。
恭介の事、すごく、すっごく……
「…大切だよ」
「杏?」
「いいのっ! ほら、戻るわよっ? さあさあ!」
「おいおいっ」
彼女は彼の手を引いて歩き出す。
自分の足で、しっかりと。
彼は彼女に手を引かれて歩き出す。
一人では見つけられない、新しい道へと。
「…で? さっきのは?」
「さっき?」
「大切だって」
「!! 聞こえてたのっ!?」
「何がたいせ…」
「っ! 知らないわよっ! もうっ!!」
「!? おい杏、待てって! …杏っ!」
顔を真っ赤にしながらどんどん進んでいく杏。
突然スピードを上げた杏に声をかけながら追い続ける恭介。
それでも二人の距離が離れる事はなかった。
繋ぎあった右手と左手。
その手は……その程度の問題で引き離されるほど、拙い繋がりではないのだから。