「…………ろうが関係ない事だろ」
「恭介…?」
みんなから少し離れた場所で、恭介と藤林さんが話をしている。
なんとなく二人の側へ近付いていくと、そんな恭介の言葉が聞こえてきた。
なんでもないような口調だった恭介とは対照的に、藤林さんは酷く動揺した顔をしている。
そして彼女は……駆け出していった。
「恭介っ!?」
気が付いた時には、僕は名前を呼びながら彼に詰め寄っていた。
「ん? どうした理樹?」
「どうしたじゃないよっ! 恭介こそどうしたのさっ!?」
「どうしたもこうしたも…どうもしないさ」
「そんなことないよっ! だって今…藤林さん……」
…もしかしたら言わない方がいいのかもしれない。
でも見えてしまったから。
「……泣いていたじゃないか……」
「!?」
恭介が言葉に詰まる。
やっぱり気が付いていないみたいだった。
「…理樹、本当か?」
「こんな事で嘘言わないよ。 どうしちゃったの恭介? なにか酷い事を言ったみたいだったけど…」
関係ない事。
僕が聞き取れたのはその単語だけだった。
「なんでだ…? 俺、まずい事言っちまったのか…? それとも…え……あれ?」
彼には訳が分らないみたいだった。
「だから一体何を言ったの?」
「あ、ああ。 あいつが俺の進路を聞いてきてさ」
「うん」
「就職だって言ったら突然怒り出して…」
「…うん」
……なんかとても嫌な予感がする。
「どうして教えてくれなかったのとか色々言われて…」
「…話してなかったんだね…」
「だから言ってやっただけさ」
「…まさか…」
「『俺の進路がなんだろうが関係ない事だろ』ってさ」
「……」
「理樹?」
「………(ぷち)」
「?」
「馬鹿でしょ恭介っ!?」
「おうわっ!?」
あ~、駄目だ。 言葉が止まらない。
「何? いつからそんなに馬鹿になっちゃったのさっ!? 真人もびっくりだよっ!?」
信じられない。
恭介は本当に今でも藤林さんの気持ちが分らないままだったんだろうか?
自分の好きな人からそんな言葉を言われたとしたら……
「馬鹿だ馬鹿だとは知ってたけど、いい意味でのおばかだと思ってたのに! なんでそこまで自分の事に鈍感なのさ!?」
「ちょっ! 待ってくれ理樹! 流石に凹むぞ…?」
「自業自得でしょっ!?」
恭介は少しだけ涙目になりながら僕に言い訳を始めた。
「だってそうだろ理樹っ!? 俺の進路がなんであったとしても、あいつがどんな大学に行くんだとしても…」
「何さっ!?」
「会おうと思えばいつでも会えるだろ?」
あ……
そうか……、そうだったんだ。
「…恭介、ちょっと聞いてもいい?」
なんとなく分ってきた。
「恭介はさ、進路とかの事は関係なく、これからも藤林さんと一緒にいれる…ううん、一緒にいたいと思ってる?」
「ああ」
迷いなく答えた。
「俺達の環境が変わるとしても、俺達自身は変わらないだろ? だから関係ない事、じゃないのか…?」
やっぱり……
恭介は自分の考えだけで完結しちゃってたんだ。
「結論として最後に聞くね? 藤林さんの事、大切?」
「む……難しい事を聞くな、理樹は…」
あ、なんか鈴に似てる。
「ちゃんと答えて」
「そりゃな…」
もごもごと口ごもりながら、それでも答えてくれた。
「あいつから電話が来ると嬉しいさ。 あいつを見てると楽しい気分になれるんだ。 ……上手く言えないけど…な…」
うん、だったら簡単だ。
「恭介は藤林さんとの関係を、どうでもいいと思ってる」
「はぁっ!?」
「別にその辺にいるその他大勢と区別がない」
「待て待て理樹、何を言って…」
「だからこう答えた、『関係ない事だろ』って」
「そんな事ないさっ!」
「少なくとも藤林さんはそう受け取ったと思うよ?」
「っ!?」
今度は完全に恭介の動きが止まった。
「…マジかよ…」
恭介の表情に深い後悔の念が浮かぶ。
だから、最後の一押しだ。
どん。
「理樹…?」
恭介の胸をぐーで軽く小突く。
「追いかけなきゃ、だね?」
「……」
「藤林さんの事が大切なら、きっとわかってくれるよ。 …だって恭介だもん。 うん、大丈夫」
「……」
「…ね?」
そして恭介は僕の目を見た。
「……ありがとうな、理樹」
恭介はそう言って駆け出す。
藤林さんが走っていった方向へ。
「っと、理樹!」
「え?」
急に振り返った恭介は僕に対して声を張り上げた。
「お前達だって俺には大切なんだっ! すっげぇ、すっげぇ大切なんだぜっ!」
まったくもう…知ってるよ、そんな事は。
……誰よりも。
「僕もだよっ! 恭介っ!」
ようやく恭介の後姿が見えなくなった。
僕は顔が緩んでいる事に気が付く。
こういった事で恭介を説教する事になるなんて、思ってもみなかったよ。
「僕達も大切……か」
恭介は気が付いていないのかもしれない。
「藤林さんが大切っていう気持ちと、僕達に向ける気持ち。 それは別の感情なんだよ、恭介?」