「風子君に芳野夫婦じゃないか」
「風子ちゃん、水族館の従業員さんだったの?」
風子が開けた扉の先にいたのは来ヶ谷とことみだった。
先程三人が入った建物は水族館であり、従業員通路に迷い込んでいたという真相だ。
「風子、悪夢から逃げ出してきました」
「悪夢?」
ことみがオウム返しに聞き返す。
「筋肉がダブルでおいっちにーでしたっ!」
「???」
「なるほど、あの二人か……」
来ヶ谷は直ぐに思い当たったようだ。
「丁度良い、これを使ってくれ」
「なんですかこれは?」
「それはな……」
芳野家に秘密アイテムが手渡された。
「予想通りみつけましたーーーーっなのですーーーーっ!!」
「能美かっ!?」
「恭介! こっち!!」
発見された二人、恭介と杏が林の中に駆け出す。
蛇行しながら走り続ける二人だったがそれもつかの間、
「そっちへ行ったぞーーーーーーっ!」
「今度は古河さんだと!?」
秋生の大声が聞こえてきた。
「もしかして狙われてるの?」
「わからないが…」
更に遠くから聞こえてきた声が決定的だった。
「みんな、聞こえるっ!? 恭介は裏をかいてくる筈だよっ! 見通しの良い道にも気をつけてっ!」
「理樹までいるのかっ!」
立て続けに迫り来る捜査の網に対し、二人は追い詰められ始めていた。
「偶然とは言え、あの二人がこのあたりに潜んでいたのは僥倖ね」
真人と謙吾を引き連れた佳奈多は携帯を操作しながら現状を確認する。
「なんでわざわざ声を出して追いかけるんだ? ひっそりと探した方が捕まえやすいんじゃね?」
真人が謙吾に思いついた疑問を投げかける。
「あえて相手の警戒心を煽っているのだろう」
「駄目じゃん」
「普通ならな。 だが常に同じ方法で警戒させておくと、ある一つの策略が通用しやすくなる」
「策略? んだよ? わかんねえよ」
「簡単よ」
佳奈多が謙吾の説明を拾って続ける。
「こっちは狙い通りの方角から大声でのプレッシャーを続ける。 相手は捕まらないように声から離れるわ。
三方向から声が聞こえてきたとしたらどうなる? そう、残り一方向へと逃げざるを得ない。 そこで……」
「逆に息を潜めた伏兵を配置することでチェックメイト、ということだ」
「お? その役目ってもしかして…」
「私達の役目よ、期待するわね」
とてもシンプルな作戦だが追われている者から外部への連絡手段が無い今、情報不足の二人にはとても有効だ。
実のところ、西園の作戦も今回の効果に一役買っていた。
刑事に見つかる度に『予想通り』『やっぱり』等と言われ続けていた為、あたかも逃走経路を読まれているかのような錯覚を覚えていた。
無論、実際に刑事達が読みきっていた訳ではない。 あくまで心理攻撃だ。
大切な事は、相手の思考に刷り込ませて正常な状況判断を取らせない事。
その結果がこれだった。
そしてこの話は、物語の冒頭へと繋がる。
「見つけたわ。 二人ともしばらくは息を潜めていなさい」
「わかったよ」
「了解だ」
佳奈多は一人、休んでいる二人へと近づいていく。
さっきまで追われていたはずなのに、今はもう笑顔を浮かべているあの男。
今その横にいるのは自分ではない。
別の女性が傍らに佇んでいる。
……捕まえてみせる。
絶対に。
何故?
簡単だ。
そういうゲームだから。
…そういう役割だから。
それだけだ。
……それだけの筈だ。
「悪いけど、あなた達はここで終わりよ」
「「!!」」
佳奈多が姿を現す。
「二木…佳奈多…」
恭介の口から彼女の名前が零れる。
「へぇ? 貴方の事だから瞬時に逃げ出すか、一思いに向かってくるか、かと思ったんだけど?」
「それは期待に副えなくて悪いな。 あんたの事だ。 こうやって相手の前に姿を現すって事は、
それなりの用意ができているんだろう? …そうだな、もう数人周りにいるとか…な」
「…ほんと頭の回転は抜群ね。 それなのに貴方という人は…」
「褒めたってなにも出ないぜ?」
「…馬鹿でしょ貴方?」
「…オイ…」
「まあいいわ、いいわよ出てきても」
佳奈多は隠しても無駄だと悟り、待機させていた二人を呼び出す。
「恭介…わりぃな…」
「…何もいう事は無い。 諦めろ」
「真人…、謙吾…」
緊張が支配したその瞬間、
「恭介っ!!」
突如杏の声が響き、時間が動き出す。
「走れぇぇぇぇぇぇ!! 杏ぉぉぉぉぉぉ!!」
「っっのぉ、ばかーーーーーーーっ!」
迫り来る恭介と逃げ出す杏。
佳奈多はすぐさま判断を下した。
「二人ともっ! 棗恭介を確保っ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 恭介ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「謙吾ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
恭介に手を伸ばし、なんとか捕まえようとする謙吾。
フットワークを生かしたフェイントを織り交ぜて避ける恭介。
そこに旋風が乱入する!
「もらったあぁぁぁぁぁぁっ!」
「!? 真人っ!!」
恭介の背後から真人が飛び掛る!
「くっ!」
無理な体勢のまま幼馴染の挟撃をかわした恭介だったが、最後の一手が待っていた。
ぽすん
「……え?……」
恭介の背にふわりと飛び込んできた影。
力強さなどまるで無い抱擁だったが、恭介の体にその腕はしっかりと伸びていた。
「……掴まえた……」
影が。
後ろから恭介を抱きしめる形となった佳奈多が。
…そっと、呟いた。