「二人共、さっき話したことは覚えているな?」
開始10分前。
泥棒チームの面々が走り出した中、朋也と恭介、それに杏が同じ方向に走っていた。
分かれ道に着いた三人は短く作戦を確認する。
「岡崎に杏、芳野さんと来ヶ谷は大切なポイントゲッターだ。 危険を感じたら例の場所に避難するんだぞ?」
「お前もな、棗」
恭介の言葉に朋也が答える。
改めて走り出す三人。
朋也は海側へ、恭介と杏は反対側へと。
そして、ゲーム開始の時刻となった……
開始後、すぐさま行動を開始したのは葉留佳だった。
彼女は一旦わき道に入った後、一目散に展望ハウスへと向かい、その屋内へと入っていった。
一心不乱に上層階へと駆け上る葉留佳。
彼女の目的は……
「この上からなら周りを見渡せるのである~っ! 逃げ道も万全! やははーはるちん賢いっ!」
どうやら状況を確認しやすい場所を確保する事だったようだ。
確かにこの展望ハウスにはいたる所に大きな窓がついており、外が見やすい事この上ない。
「うん、ここナイスですネ!」
そこは大きなガラス窓のついた展望スペースだった。
本人の作戦としては時間を稼ぐ→周りを警戒する→危険が迫ったら脱出、という計算のようだ。
窓に近寄り眼下を見下ろすと、見事なまでに建物の周囲が見渡せた。
「おおっと! あそこに見えるは牢屋エリア!」
金髪の男性と線の細そうな男性が周りを気にしながら歩いていた。
「んー、春原くんと理樹くんかな~?」
葉留佳の計算通り、刑事の行動がよくわかるスペースだ。
問題は……
「ん? 今度はクド公と笹瀬川さん…?」
そう、問題は……
「……あれ…今…」
窓が大きく相手が見えやすいという事は……
「……うひょーーーーーっ!! 今、クド公と目が合ったっ!?」
相手からも丸見えという事だった。
「来てる来てる! 一目散にこっち来てるよあのわんこっ!!」
葉留佳、とりあえず大ピンチ。
葉留佳がものすごいスタートダッシュな焦り天国をしている頃、来ヶ谷とことみは落ち着いた行動をとっていた。
「ゆいちゃん、ここどこ?」
「水族館だよ、ことみ君」
「ゆいちゃん、どうして水族館なの?」
「それはねことみ君、薄暗いこの状況が最適だからだよ」
「…ゆいちゃん…どうして薄暗いと最適なの…?」
「それはね……」
「…それは…?」
「…君と一緒にあ~んな事やこ~んな、って冗談だ冗談、逃げなくてもいいっ」
既にことみは半泣きだ。
「いじめる?……いじめる??」
「いじめないさ、それどころか君をいじめる不貞な輩から守ってみせよう」
「…本当?」
「本当だとも」
二人は公園内にある水族館に来ていた。
理由としては来ヶ谷が言った『薄暗い』事も一つだが、来ヶ谷にとっては館内の地形の方が重要だった。
ほんの少しだけ通路が曲がりくねっている館内。
基本的に静かな環境。
それが整っているのならば、相手より先に気配を探り出す事など来ヶ谷にとっては造作も無い事。
つまり、ある程度の間ならばここは安全地帯であるという事だ。
「ことみ君、恐らく動きがあるとすれば11時あたりからだろう。 それまでは君の頭脳を借りたい」
「???」
「我々泥棒側にとっての最大の弱点は何かね?」
「……連絡手段が無いの」
「そう。 その為もしも各人が別行動となってしまった時には、偶然を期待しなければ合流も出来ない」
「それは困るの」
「それを打開するためには?」
「……別の連絡手段を用意するの」
「別…か。 しかしそんな物が…」
「ゆいちゃん、こっち」
「? ことみ君?」
ことみは来ヶ谷の手を引いて、歩き出した。
発想力のある天才少女と悪巧みの姉御。
その二人が向かった先は……
「ちょっとーっ! もしかしてはるちん大人気ーっ?」
必死に逃げ回る葉留佳。
展望ハウスからの脱出はなんとかなったが…
「わふーっ! 予想通りなのですー!」
「そっちへ行きましたわよっ!」
「春原さんっ! 回り込んでっ!」
「逃げる女の子を追いかけるのって、なんか興奮するよねっ!?」
合計四人に追い込まれていた。
「これってこれって映画とかで真っ先に殺されるエキストラさん状態っ!? いーやぁーーーっ!」
葉留佳はひとり、あまりに早すぎるクライマックスへと突入していた。