逃避行の如く、茂みを駆け抜けていく二人の影。
文字通り、この二人は『追っ手』から逃げていた。
「杏、もう少し頑張ってくれ。 おそらく既に俺達の居場所はバレている筈だ」
「はぁ、はぁ…。 そう言われても、結構、限界、かも……」
逃げている二人は恭介と杏だった。
恭介はまだ幾分余裕があるようだが、対して杏は息があがってきている。
なにせ曲がりくねった道を全力疾走しながらの逃避だ。
そうそう経験のある展開ではない。
「…ここで少し一息つけよう」
恭介は杏の体力を考え、一旦建物の裏手で足を止めた。
「はぁ…はぁ……。 …なんなのよ、これ」
息も絶え絶えに、杏は呟く。
「どうしてこんなにも的確に居場所が分かるの…? ねえ? どうして!?」
「……」
混乱しているのだろう、杏の口調が強まる。
「ただでさえ圧倒的に不利なのよ!? みんながどこにいるかも分からない! 携帯も使えない!
現在位置さえ分からない! 挙句の果てにあいつらにはこっちの居場所が予測されてる!
一体どうしろっていうのよ!? ただ逃げ回っているだけじゃ、きっと……いつかはっ!!」
「杏っ!」
恭介が混乱している杏の両肩を掴む。
「大丈夫だ! 信じてくれ! 必ず生き残るんだ! そう、必ずだ……!」
肩を掴んだ両手に力がこもる。
「…だって…だって……っ!」
「永遠に逃げ続ける訳じゃないんだ…。 大丈夫だ……」
恭介の言葉は、自分自身を奮い立たせているかのようだった。
それほどまでに、二人の状況は追い詰められていた。
「…うん。 …頑張る……。 ふぅ…。
あ、あははー。 いやー、みっともないとこ見せちゃったわねー。 …うん、もう平気」
「……そうか」
多少は落ち着いたのか、杏は照れ笑いを浮かべながら深呼吸をした。
「ま、確かに予断を許さない状況だけどな、これはこれでどうにかしてやれって気になるだろ?」
「はぁー、単純でいいわねー、アンタは」
「そうか?」
なんでもない会話だったが、それでも二人の焦燥感は薄れていた。
だからだろうか。
もう一人の人物が現れるその瞬間まで、周りの気配に気が付かなかったのは。
「悪いけど、あなた達はここで終わりよ」
「「!!」」
恐れるものは何も無いかのように、威風堂々と二人の前に姿を現したのは……
「二木…佳奈多……」
恭介の口から、その人物の名前が呼ばれる。
「へぇ? 貴方の事だから瞬時に逃げ出すか、一思いに向かってくるか、かと思ったんだけど?」
「それは期待に副えなくて悪いな。 あんたの事だ。 こうやって相手の前に姿を現すって事は、
それなりの用意ができているんだろう? …そうだな、もう数人周りにいるとか……な」
「…ほんと頭の回転は抜群ね。 それなのに貴方という人は……」
「褒めたってなにも出ないぜ?」
「…馬鹿でしょ貴方?」
「…オイ……」
「まあいいわ、いいわよ出てきても」
佳奈多の声に続いて、馴染みのある声が続く。
「恭介…わりぃな……」
「…何もいう事は無い。 諦めろ」
「真人…、謙吾……」
佳奈多の左右から、リトルバスターズの親友達が現れた。
「(杏)」
「(え?)」
視線は佳奈多達から外さず、小声で杏を促す。
「(合図をしたら、とにかく走れ)」
「(…わかった)」
「(…きっとまだ岡崎は無事だ。 なんとかして合流するんだ、いいな?)」
「(ちょっと、合流って……アンタは?)」
「(……)」
「恭介っ!!」
「「「!!!」」」
突然杏の出した大声に、佳奈多達が一瞬怯む。
「走れぇぇぇぇぇぇ!! 杏ぉぉぉぉぉぉ!!」
叫び声を上げて、恭介は佳奈多に向かって駆け出す!
「っっのぉ、ばかーーーーーーーっ!」
耐え難い表情と、心の底からの悪態を残して杏は駆け出していった……。
「はぁ…はぁ…はぁ……。 ここまで、来れば……」
一人切り抜けた杏は、ゆっくりと現状を把握していく。
「…一人、なんだっけ……」
誰もいない。
ほんの少し前まで一緒に駆けていた彼も。
「…あはは、一人…か……」
緊張が解けていくとともに得体の知れない寂しさが杏の体を包んでいく。
「ばか…、なにかっこつけてんのよ…恭介ぇ……」
やがて彼女は腕で目の辺りをこすり、前を向く。
その視線に迷いは無かった。
「負けないんだから…。 ったく、あの馬鹿、手間を増やして……!
…必ず迎えにいくからね…。 待ってなさい、恭介!」
そう、彼女は進んでいく。
前を向いて。
決意を抱いて。
「……ってあたし達がしているのって、ケイドロよね…?」
そして我に返る杏。
あの雰囲気は恭介のなせる業だったのか……?
それにしては佳奈多もなかなかノリノリだったような……。
なんにせよこの騒動の始まりは、一週間前まで遡る。