俺と渚は買い物を終え、古河パンへと帰宅した。

 店の中から数人の声が聞こえてくる。こんな時間だというのに客か? 大繁盛だな。

 

「わっ! ヘンな人が入ってきましたっ!」

 

 俺は店の扉を開く。

 と同時に、随分と酷い反応が返ってきた。

CLANALI   第八話

「あ、伊吹先生に芳野さん、それにふぅちゃんも、こんばんは」

「はい、こんばんは、渚ちゃん。それに岡崎さんも」

「よう。邪魔してる」

「渚さんですっ!」

「ふぅちゃん? ちゃんとご挨拶しなきゃ駄目でしょ?」

「いいんですっ! 風子と渚さんはもう挨拶なんか必要としない間柄なんですっ! こんばんはです! 渚さんっ!」

 

 すんのかよ。

 

「ふぅちゃん、岡崎さんには?」

「誰ですか? それは?」

「お前な」

 

 風子の頭を手のひらでぐりぐりしてやると、こいつは「わわっ!」と声を荒げ、俺の手を払いのけた。

 そのままそそくさと芳野さんの後ろに隠れる。

 しかしながら、残念なことに丸見えだった。

 

「最悪ですっ! ぷち最悪ですっ!!」

 

 あいかわらず風子の判断基準は判りにくい。

 とりあえずぶーぶー言ってる風子は置いておこう。

 

「しかし渚、いいかげん『伊吹』先生はないんじゃないか? 結構時間たったぞ?」

「あ、すみません。また呼んでしまいました」

「いいんですよ岡崎さん。教え子にはその当時の名前で呼ばれたいものなんですから」

「ごめんなさい伊吹先生。わたしもやっぱり伊吹先生は伊吹先生とお呼びしたいです」

「ありがとう、渚ちゃん」

「はぁ、そうゆうものですか……」

「そうゆうものですよ、岡崎さん」

「芳野さんはいいんですか?」

「岡崎、心配するな。そうゆうものだ」

「そうゆうものですか……」

「ああ。そして、それが……愛だ……」

 

 単にそう言いたいだけなんじゃないか? この人は。

 

 

 

 でも。

 芳野さん達には、いろいろな事情があった。

 それを乗り越えて今、こうして優しそうに微笑んでいる。

 正直、かなわないと思う。

 もし、自分がこの人達の様な立場になったら、と想像すると……とても怖い。

 実際俺は、今でも自分の父親との関係から逃げているのだから。

 

 

 

「ヘンな人がヘンな顔してますっ! きっと風子でヘンな想像をしているんですっ!」

「余計なお世話だ。だいたい想像にはまって変な顔になるのは風子、お前だろう?」

「まったく、顔だけではなく考えも失礼な人ですね。岡崎さんはっ」

 

 失礼な顔ってどんな顔だよ。

 

「風子はとても現実的ですっ。リアリズムの宝庫です。おかしな噂は立てないでください」

 

 いろいろつっこみたいが、まぁいい。

 

「ほれ、風子」

「なんですかもう。あぁっ!? ヒトデパンですっ!! 可愛いらしすぎますっ! ……ほぁ~」

 

 はいトリップ完了。

 さて、この状況で何もしないというのは、風子マスターとしての名が泣くというものだ。

 選択肢1・鼻からジュースを飲ます。

 駄目だ。 さすがにこの二人の目の前では出来ない。

 選択肢2・風子の鼻をつまむ。

 ……どうも渚の前では躊躇われる。

 選択肢3・持っているパンを取り替える。

 これだ。

 脳内で行動を選択する。そして俺は風子の持つヒトデパンと、売れ残りのパンとを取り替えた。

  

「何しているんですか? 朋也くん?」

「ちょっとな。マスターとしてはどうってことないスキルさ」

「?」

「岡崎、あまり俺の義妹で遊ぶな……」

「そうですよ、岡崎さん。ふうちゃん、きっとびっくりしてしまいますよ?」

 

 そうは言っても二人とも、手は出さないで傍観ですか。

 

「お! お姫様のお帰りだ」

 

 おっさんが奥から顔を覗かせてきた。

 

「ただいま戻りました」

「ん? 小僧、早苗パンがどうかしたのか?」

 

 なに!? これ早苗さんのパンだったのか!?

 

「ああ。大きな声じゃ言えねーが、かなりのモンだぜ? そりゃ」

「わぁっ! なんですかこれはっ!?」

 

 風子のやつ、いつもよりかなり早く帰ってきやがった。

 

「風子のヒトデがおかしなパンに生まれ変わりましたっ!」

「はっはっは!、そりゃ確かにおかしなパンだな! なんせそのとおり放送倫理すれすれな形だからな。

  置いてから誰一人手を伸ばさなかったっていう大物だ。売ってるこっちがびっくりだぜ!」

「「「「あ」」」」

 

 オッサンの後ろから出てきた人影が、ふるふると震えだした。

 

「んー? なんだよ?」

「わたしのパンは……」

「げっ! さ、早苗!」

「放送コードに触れるものだったんですねーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 やっぱり今日も、泣きダッシュ。

 

「くっそ!! 油断したっ!!」

 

 オッサンは放送不可パンを大量に口に咥えて、早苗さんの後を追いかける。

 

「俺は大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 何度見ても、自業自得な光景だった。

 

 

 

 

 

 

「お買い上げ、ありがとうございます」

「またね、渚ちゃん、岡崎さん」

「じゃあな、二人とも」

「まったく。岡崎さんがいると、いつもヘンな事が起こりますっ」

 

 三人とも今の出来事には慣れたものだった。

 

「いい時間だな。店じまいとするか」

「はい。お母さんはまだ帰ってきませんので、わたしがご飯を作っておきます」

「ああ、まかせた」

「はいっ!」

 

 じゃ、とっとと店を閉めて渚の夕食を頂くとしますか。

ページのトップへ戻る