ずばーーーんっ!   「ストライクッ!」 

 

 この勝負は前回までとまったく違った。

 普段の練習では投げた事も無い速度・球威のボールを投げ込む鈴。

   

「これは…伝説を目撃する事になる、と言っても過言じゃない……。

  今ここに命名しようっ! 『真・そして新・ライジングニャットボール』と!」

 

「「「おーーーーー」」」

 恭介の宣言を受け、リトルバスターズの面々が感嘆の声を上げる。

 だが、バッターボックスでは、 

「…直枝」

 秋生が理樹に語りかけていた。

CLANALI  第三十三話

「試合、楽しんでいるか?」

「え?」

 その問いはあまりに当たり前すぎていて、一瞬返事に詰まった。

「もちろんですよ。 アクシデントもありましたけど、こうやって鈴も調子を取り戻しましたし」

「ああ、俺もだ。 久々にはっちゃける事が出来たさ。 それに渚も、うちの小僧達も楽しんでやがる。

  ありがとよ…。 お前らには感謝するぜ」

「こちらこそ! 鈴! 次いくよっ!」

 理樹がボールを投げ返す。

 

「……けどよ」

 

   ずばんっ!   「ストライークッ!」

 

「いよっしゃ! 追い込んだぜ! 鈴! もう一球やっちまえっ!」

「真人の言うとおりだ! 任せたぞ! 鈴!」

 真人も謙吾も、思い思いに声を上げる。

 

 

「…期待しすぎた俺が大人気なかったのか…? それともお前らは、なんでもない毎日ってやつに

  慣れてきちまったのか? …ただ俺が勝手に思い込んでただけだった、てことか……?」

「古河さん?」

「こんな説教じみた考えは俺様らしくねえんだよ。 解ってるさ」

「?」

「それでもよ…」

 鈴が振りかぶる。

「今のお前らには、負けられねえんだよーーーーーっ!!」

 

 鈴の手からボールが投げ放たれるっ!

 

   カキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!

 

 

 

 

「……サヨナラホームランだな、直枝」

「「「おおおおーーーーーーー!!」」」

 古河ベイカーズのベンチから大声援が上がる。

 秋生の気迫と共に、鈴の最高のボールは校舎の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「3-4で古河ベイカーズの勝利です! 一同、礼っ!」

「「「「ありがとうございましたーーーーー」」」」

 鷹文の宣言で試合は終了した。

 お互いのチームは敵味方混ざり合って健闘を称えあっている。

 みんながみんな、笑顔だった。

 

 そんな中、理樹と恭介の傍に秋生が近づいてきた。

 

「おう、小僧ども」

「「古河さん」」

 丁度今、恭介は最後の打席での事を理樹から聞かされたばかりだった。

 だから、

「古河さん、聞いてもいいですか?」

 この質問は、当然と言えば当然の流れだった。

 

「最後、古河さんは一体何に憤っていたんですか?」

「…はーーーー。 ったく、キャラじゃねえんだよ、キャラじゃ。 こんな話を振るのはよ……」

 逆に秋生は二人に問いかける。

「棗、お前は自分の計画、考え通りに物事を運ぶのが得意だろ?」

「え? い、いや、そんな事は」

「でだ、大切な場面でとちるのか?」

「……」

「直枝、お前は自分の考えをはっきり言えるみたいだけどよ、それは…。

  いんや、やめだやめ。 今は棗の事だけで十分だ。 で、どうだ? 棗?」

 二人は秋生が何を言いたいのかまるでわからない。

「これは俺の勝手な感情ってやつだ。 気にするのも気にしないのもお前の自由だ」

 そう前置きをしてから、

「棗、最終回のお前の打席。 あの時、何が何でも打っていれば、例え俺の一点が入っていても

  まだ試合は続いていたって事、わかるな?」

「そ、それはもちろん…」

「だけどよ、お前はあの時 『自分は打てない』 っていう仮定でその先を予想しやがったな?」

「そんな事は…。 それに、それはただの結果論じゃないですか?」

「んなこたぁねえだろう? お前は次の攻撃をしのいだ後のことを考えていた。

  あの娘っ子のことを 『妄信』 してな。

  もちろん今後の結果を想像して対処を用意する事は悪くねえ。 むしろ必要な事だ。

  だけどよ、今その瞬間に自分が出来る事、……出来る可能性がある事柄を捨てるんじゃねえよ!」

 秋生の語気が強まる。

「仲間を信用するのは大切だ! 不測の事態を考慮するのも重要だ! 

  既にお前はその若さでそれらを兼ね備えてるさ! 

  それでもよ! 今、自分が行う役割を疎かにすんじゃねえ! 

  ああ、確かにこの試合は遊びさ。 俺の言ってる事は間違いなくただの老婆心ってやつだ。

  なに言ってんだこのオッサンってモンだ」

 

「……」

 

「あの時、例の件を話してくれた時のお前の目は、『やりとげた奴』の目だった。

  正直惹かれたよ。 えらい奴がいやがったってな。

  …そんな奴が、自分自身を無為にしてやがる事に腹が立っただけだ」

 

「そんなこと無い!」

 理樹が反論する。

「恭介は自分が出来ることを疎かになんてしないっ! そんな勝手な事言わないでよっ!

  あの時、恭介は自分の身体を使ってまで漏れていたガソ…!」

「理樹っ!」

 恭介が遮る。

「だって!」

「いいんだ、理樹。 ……いいんだよ」

 恭介は秋生を見る。

「…もう一ついいですか? どうしてただの子供の、それこそ何でもないちょっとした行動に対して

  そんなも真剣にぶつかってきてくれるんですか?」

「……似てんだよ。 どっかの馬鹿に」

「似てる…?」

「その馬鹿は大切な役割を蔑ろにして、危うくなによりも大切なものを失いかけたんだ」

「……」

「お前はその馬鹿とは違う道を進んでるみたいだけどよ、妙に気になっちまったんだ」

 

 それは深い、とても深い悔恨の思いから出てきた言葉だった。

 

「お前、大切なものを守り抜いたんだろ?

  ほんとにお節介だけどよ、……もう失くすんじゃねえぞ。

  俺たちゃ出会ったばかりだがな、ちーとばかり期待してんだ。

  お前が進んでいったその先で、いったいなにを作り出してくれるのか、ってな……」

 

 

 

 

 わりい。 ま、これにこりなきゃまた遊ぼうや…そう言い残して秋生は家族の下へ戻っていった。

「恭介…」

「大丈夫だ……。 よし! 俺達もみんなのところへ行くかっ!」

 

 

 …この一方的とも言える言い争いを経て、恭介は一つの気持ちを固め始めていた。

 それは、とても、とても遠い。

 なんでもない毎日を積み重ねたその先に続いているモノ。

 

 彼にとって初めて見つかった、『自分自身の為の目標』……だったのかもしれない。

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