「え? また私が行ってもいいの?」
「うん、この回は八番の小毬さんからだよ」
「そっかー。 ようし! いってみよー!」
ここまで来てまだ小毬は打順を憶えていないようだった。
「…」
「どうした? 鈴?」
恭介が鈴に声をかける。
すると、鈴は真剣な表情で振り返った。
「みんな頑張ろう。 …最終回だ」
「行ってきたよー」
「お帰りなさいませ神北さん。 …お早いお帰りで」
「ひどいよみおちゃんー。 だって渚ちゃんのお父さん、すごく上手なんだよー?」
「まぁそんな気にすんなって! まだ同点だけどよ、例えこの回で点が取れなくたって相手の
攻撃を抑えりゃ延長戦だろ? 次のバッターが鈴だから…」
真人は一瞬考えて、
「それから先は来ヶ谷・恭介・俺・理樹・謙吾って続くじゃねえか。 こいつはやべえぜ!?」
「確かにそれは 『やべえぜ』 ですね…」
「だろ? 西園もこう言ってるしさ、気にすんなよな!」
「うん! ありがとうー真人くんっ」
珍しく気の利いたフォローをする真人。
「…どの様に考えても井ノ原さんで攻撃が止まりそうですね……。 『こいつはやべえぜ』 」
「やばくねえよっ!? 止まんねえよっ!」
「お? そこに立つのは甦った猫娘じゃねえか。 どうだー? 調子は?」
「お前はみんなでやっつける。 やっつけられてしまえ」
「ひゅーっ。 そう簡単にこの秋生様を倒せるかな?」
「…なんか中ボスみたいだ、お前」
「中ってなんだよ中って! 俺は天下の主人公様だよ、覚えとけっ!」
ヒュッ! キンッ!
初球打ち。
シングルヒットで鈴は一塁に出た。
続いて打順は一番に戻り、来ヶ谷が打席に立つ。
「(ふむ。 鈴君が一塁にいてもお構いなしに全力投球するつもりか。 やはり面白いな)」
秋生はセオリーを無視して振りかぶる。
ヒュッ! カンッ!
「オーライッ!」
春原はキャッチャーフライを危なげなくキャッチ。 鈴は一塁から進めない。
「ふぅ。 言うだけの実力があるというのはさすがだな、古河氏」
「あんがとよ。 惚れんなよ姉ちゃん」
「それは安心したまえ。 すでに十分魅力的な少年が近くにいるのでな」
「けっ! ごちそーさん。 …つまんねえ事聞くけどよ? それって二番か? 四番か?」
「…下世話な大人は手本にならないと思うが?」
「ばーか。 そんなんじゃねえって。 アンタが見込む男なんてのは、そうは居なそうだからな」
「答える気は無い。 大切な 『約束』 だ」
「…いい答えだ。 もいっちょあんがとよ」
鈴が調子を取り戻してからというもの、試合は完全に投手戦となっている。
一発が出れば勝敗に影響を与えそうだった。
「棗。 この打席でお前らの攻撃の機会はお終いにさせてもらうぜ?」
「そうはいきませんよ。 例え俺が倒れても、後にはあいつらが待ってるんですから」
「……期待してるって事か?」
「はい。 俺が失敗したっていいんです。 あいつらがいれば」
その恭介の答えを聞いた秋生は、目つきが変わる。
そこにはいつものふざけた…しかし安心感を与えるいつもの面影が無い。
「…ホント甘え……」
秋生は誰にも聞こえない声で呟く。
ヒュッ! 「ストライク!」
「初球からフォーク!?」
ヒュッ! 「ストライクツーッ!」
「なんだよ…? あのオッサンまた球威が上がってねえか?」
「恭介が手も足も出せていないなんて……」
理樹にはその光景がにわかには信じられなかった。
「ストラーイクッ! バッターアウトッ!」
「オッサン、すげえな」
朋也がマウンドに近付く。
「…なあ小僧」
「? なんだよ」
「せっかく楽しんでる試合だけどよ、ちょっくら大人気ない事になってもいいか?」
「?」
「なんかよ…。 もったいねえんだ、あいつら……」
秋生は、落ち着いた声でそう言った……。
ずばーーんっ! 「ストライク! バッターアウト!」
完全に鈴の球威は本調子だ。
二番の河南子、更には三番の智代までをも三振で討取った鈴は大きく息を吐く。
「あと一人、あの中ボスを抑えれば延長戦…」
改めて気を引き締める。
そして、秋生がバッターボックスに入った……。