「うん。 やはり小さくて綺麗な打球は女の子らしくて良いな」
三回裏、古河ベイカーズの攻撃は三番バッターである智代のヒットから始まった。
「おいおいアンタわかってんのか? また振りぬかずに単発ヒットを狙っただろ?
まだうちらのチームは一点負けてんだぞ?」
秋生が智代に向かって声を荒げる。
「大丈夫だ」
「なにがだよ?」
「次のバッターはあなた自身だろう? きっと私はホームベースに戻れる」
「…嬉しいプレッシャーかけてくれやがって。 ったく、うちの女どもは……」
現在ノーアウト一塁。
ここで再び秋生の打席が回ってきた。
前の打席では鈴の放った渾身のボールを場外にまで運んだのだが……
「あのピッチャー、真っ正直にオッサンとやりあうのか?」
鈴の表情を見て、ベンチにいる朋也が言う。
「真っ正直って、他になにかあるんですか? 朋也くん?」
渚が聞き返す。
「ああ。 打たれる可能性が高い相手には、わざとボールを外し続けてフォアボールにさせるって
方法もあるんだ。 特に今はまだ一人しか出塁してないからな。 前の打席であんなにも豪快な
ホームランを打たれたんだ。 歩かせたほうが安全だと判断しそうなもんだけどな」
至極もっともな意見だ。
「でも、その方法、きっとお父さんは怒ります」
「ま、悪態はつくだろうけどさ。 それでも試合は試合だ」
「はい。 ですが…」
「なんだ? 渚?」
「多分ですけど、あの子自身がそれを望んでいないような気がします」
「あの子って?」
「はい。 ピッチャーの鈴さんです」
「(鈴、ここは少し様子を見たほうがいいよ。 何球か外に外そう)」
理樹がミットをストライクコースから外して鈴に視線を送る、が
ふるふるふる。
鈴は首を振って理樹のリードを拒否する。
「(えっ?)」
理樹びっくり。
それもそのはずだ。 今まで鈴が理樹のリードを真っ向から断った事は、これが初めてだ。
「(だったら…。 ストライクコースからボールに逃げるニャーブ(これもまた最近命名BY恭介)
でカウントを取りにいこうよ、鈴)」
改めて視線とサインを送る理樹、しかし……
ふるふるふる。
再びリードを拒否する鈴。
そして次のリードが決まる前に鈴はボールを投げ放った!
キンッ! 「ファール!」
内角高め、ギリギリストライクゾーンにきたストレート。
秋生はタイミングがずれたのか、ファールボールを打ち返すだけにとどまった。
「なんだぁ? お前ら急に息がずれてきてんじゃねえか?」
「そ、そんな事ないですって!」
「んー? …どうした? そんなんじゃまた特大が待ってんぞ? 特大が」
二人の呼吸の乱れを秋生は敏感に感じ取り、窘めるように言う。
「……」
理樹にだって今の鈴がどこか無理をしているように感じられた。
「(…鈴、どうしたの……? まるで自分ひとりの力だけで古河さんを倒そうとしてるみたいだ)」
あたしは、もう、弱音は吐かない。
そう決めたんだ。
理樹にも、きょーすけにも、真人にも謙吾にも、…それに小毬ちゃんたちにだって
今までいっぱいいっぱい迷惑をかけてきたんだ、あたしは。
それなのにあたしは、ちょっとしたことですぐ負けそうになる。
少しは強くなれたと思ってたのに。
さっきはびっくりした。 くちゃくちゃびっくりした。
思いっきり投げたのにかきーーーんって打たれた。
あいつに打たれたんだ、かきーーーんって。
…今度はきっとやっつけてみせる。
みんな、あたしが強くなった事を期待してるんだ。
甘えないぞ。
甘えちゃいけないんだ。
「だからっあたしはっ!」
またもや理樹のリードを無視して思いっきり投げ込む鈴。
バスンッ! 「ストラーイクッ!」
「…坊主、このままでいいのか?」
「よくないよっ! 鈴っ!」
「にゃーーーーーーーーーーっ!」
理樹の声を遮って、渾身の力を込めたボールが鈴から放たれる。
ヒュッ! カキーーーーーーーーーーーーーーンッ!
「「!!!」」
打球はライトの深いところに伸びていった……
「これで同点か…」
智代がホームに着き、秋生が三塁で止まったのを確認してから恭介が呟く。
「まだ振り出しに戻っただけだが…、ここは鈴を一旦」
「タイムッ!」
恭介の思考を遮るかのように理樹の声がグラウンドに響く。
「鷹文君、タイムいい?」
「え、うん。 大丈夫だと思うけど……」
その返答を聞いた理樹はグラウンドに声を張り上げる。
「みんなっ! マウンドに集まって!! リトルバスターズ集合っ!!」