「河南子ちゃん。 私、あそこにいけばいいの?」

「うん、そーだよ。 あれ? ことみさんってば試合に参加するのは初めて?」 

「……(こくん)」

「お、そっかー。 バットは振れる?」

「……(こくん)」

「ならばっちり! いってらっしゃーい」

「行ってくるの」

 

 ことみはバットがまるでとても大事なものかのように、両手で抱えて持っていった。

 

「…よろしくお願いします……?」

「う、うん。 よろしく」

 理樹もことみ時空に巻き込まれつつある。

CLANALI  第二十四話

「あ、あの、えーと一ノ瀬…さん?」

「?」

 理樹がことみに訪ねる。

「バット…、持ち方違うと思うけど……」

「???」

「いやいやいや。 持ち方、もしかして知らないの?」

「持ち方…、ご本で読んだ事はあるの」

 ことみは自分の世界に入っていく。

 

「(基本的なスイングの方法としては、打席の中で体の正面がホームべースに向くように足を置き、

  バットのグリップのうちグリップエンド側を左手、ヘッドに近い側を右手で握り、

  グリップが右肩の前方、ヘッドが後頭部の上方に来るように構え、

  投手の投球に対して最短距離でバットを振り下ろし、投手方向に投球を打ち返せばいいの)」

 

  ヒュンッ!  「ストライク!」

 

「(無死満塁の状況だから、一番どんな状況にも対応できるスクエアスタンスをとるの。

  足の爪先を投手と捕手を結ぶ線に合わせて、体が正面を向くように構えるの)」

 

  ヒュンッ!  「ストライク!」

 

「(やってみるの!)」

 

  ヒュッ!   キンッ!  ひゅーーーーーーん…ぽすん。

 

 なんとかボールはバットに当たりはしたが、真上に2メートル程打ちあがったボールは

 そのまま理樹のグローブに吸い込まれた。

 

「??? ……とっても難しいの」

 

 

 

 

「あぁ、やはりたまらない……」

 来ヶ谷は自分の守備位置から熱い視線を向けていた……。

「それに…、彼女も持ち直した…のか?」

 確かに鈴は、先程のデットボール騒動のときに比べて落ち着いているように見えるが……。

「ふむ…。 しかし、いざとなれば彼が何とかするか」

 彼……それは恭介の事ではない。

 

 

 二年に進級した当時は反応が面白く、からかいがいのあるただの男子生徒だった。

 あえて言うならば不思議な魅力があった、という事だろうか。

 彼自身、気がついてはいなかっただろうが、彼の周りには笑顔があった。

 

 

「えーっ? ピッチャーフライって! 何!? 僕の活躍もう終わり!?」

「春原、うるさいぞ」

「智代ちゃんまで!?」

 

 

 彼はその笑顔を徐々に増やしていった。

 小毬…葉留佳…、彼女達は一体何に惹かれてリトルバスターズに参加する事となったのか。

 クドリャフカ…美魚…、彼女達は何故、ここまで当たり前のようにグラウンドへ来る事となったのか。

 そして……この私。

 人並みの感情が知りたかった?

 笑顔の輪の中ならば、手に入る何かがあると計算した?

 

 ……きっと、違う。

 

 

「今度は打つ! なぜならばっ! 犯人はお前だっ!」

「河南子、意味分かってないでしょ?」

「うっせ! ばーか、鷹文ばーか!」

「なんで僕が馬鹿呼ばわり…」

 

 

 違うと…、今なら思うことが出来る。

 

 あの夢のような日々の中、私は感じる事が出来た。

 私の中にある、確かな『感情』を。

 それがあるから、『今』、笑っていられる。

 ……信じていられる。

 

 

「来ヶ谷っ!」

 謙吾が叫ぶ!

 河南子の打った強烈なライナーが二三塁間に!

 

   バスッ!  「「「え?」」」

 

「なんだ? 謙吾少年?」

 不敵な笑みを浮かべて来ヶ谷が流し見る。

 その手の中にはしっかりとボールが納まっていた。

 

「ありえねーだろ今のっ! あの姐さん瞬間移動しなかった!? 何? 超人!?」

 来ヶ谷の捕球を目の当たりにした河南子が、半狂乱になってまくし立てていた。

 

 

 

 

「あいかわらずスゴイですな、姉御はっ!」

「なに、初動が早いだけの訓練しだいで誰にでも可能な動きの一つだ。

  もしよければこのおねーさんが手取り足取り伝授してみせるが?」

「いやー、はるちんはエンリョさせていただきます。 色々ピンチくさいので……」

 

 

 …おそらくあの日々を覚えているのは彼……少年と恭介氏ぐらいだろう。

 その二人だって曖昧な筈だ。

 他のメンバーに至っては、おぼろげながら、といったところか。

 しかし、その事を彼らにはっきりと告げるのは……そう、

 

 

「ん? 姉御、なんか言った?」

「いや、なんでもないさ。 さて、今度は我々の攻撃だ」

「ソウデスネッ! いきますヨ? 姉御!」

「うむ」

 

 

 

 

 …無粋……というものだ。

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