「お前ら初対面なんだろ? 試合開始予定まで時間はあるんだから適当にだべってな」
秋生は当たり前のようにそう言い放つ。
とは言うものの、なんともいえない雰囲気の中では自己紹介から入るのもどうかと思われる。
そんな中で真っ先に切り込んでいったのは、
「三枝葉留佳だよー! はるちん、でいいからねー!」
ある意味で勇者な三枝葉留佳だった。
「あんたが今回の首謀者って訳ねー。ふーん」
「首謀者か……。そうゆう呼び名もアリだな。気に入ったよ。棗恭介だ。よろしくな」
恭介が杏に答える。
葉留佳のやっちまった感あふれる自己紹介の後、両校の仲間達は各々数人ずつに固まって談笑をしていた。
「あたしは杏 藤林杏よ。こっちの椋とは双子なの。まぁ見ての通りなんだけどね」
「よ、よろしくお願いします、……えっと、棗さん」
「杏に椋か。っと、悪い悪い。下の名前で呼んでもいいのか?」
「べっつに構わないけどねー、あたしは。代わりにあたしも恭介って呼ばせてもらうわ。椋は?」
「は、はい。大丈夫です……」
なんとも対照的な藤林姉妹だったが、こともあろうか恭介は藤林姉妹に対する感想を真正直に述べた。
「ははっ。なんとも二人の性格が良く判るなっ。いいな、なんか!」
そんな恭介の言葉が届くや否や、杏の目がぎらりと光る。
「ほーぅ。あんた、『妹は姉と違っておしとやかそうでかわいいねっ』とでも思ってんでしょ?」
「お、お姉ちゃん! いきなりそんなっ!」
杏のテンションメーター。予想通りに上昇中。
だが恭介は、キョトンとした顔で何気なく一言、
「ん? いやいや、確かに妹さんの方がおしとやかって言えばそうだろうけど、杏、お前だって十分かわいいだろ?」
「はぁ!? なによそれ!?」
「妹をしっかりフォローしながらも自分の意見は言う。俺も引っ込み思案な妹がいるからな、中々そう簡単な事じゃないって事くらいわかるさ」
「そうじゃなくて!! かわいいだの……なんだの……」
「お? そんな事言ったか俺?」
「馬鹿! 知らないわよそんなこと! 行くわよ、椋!」
「お姉ちゃん! あ、それじゃあまた後で、棗さん。待ってよ、お姉ちゃん!」
「なんだ? あいつ? ……鈴ん、挨拶はできたか?」
乙女心を微塵も理解していない恭介は、向こうの団体から歩いてきた鈴に話を意識を向ける。
「まかせておけ。ばっちりだ。すごいぞ。……ところであいつは何怒ってんだ? なんかしたのか?」
「さぁ? ま、大丈夫だろ。よし、次はあいつらだ。続けていくぞ鈴、挨拶コンボだ!」
「むぅ。仕方ないな」
……恭介は本当に自覚していないらしかった。こんなにも短時間の出来事であったのに。
「ちょいと、ことみさん」
「なに? 河南子ちゃん」
別の場所では河南子とことみがとある懸案事項を抱えていた。
「あの姐さん、ことみさんの事狙ってますよ? ほら、あの目線。やばいって」
来ヶ谷がことみをとても熱心に見ている。……どうやらなにかが大ヒットしたらしい。
「こいつはことみさんからバシッとやってしまってくださいよ」
河南子は小さな子を遊び半分でけしかける様な口調でことみを焚き付けた。
「わかったの。ばしっとしてみるの」
「え? マジ?」
ことみ、出動。向かう先は視線の主、来ヶ谷唯湖。
「こんにちは、はじめまして」
「あ、ああ。こんにちは。はじめましてだな」
「一ノ瀬ことみです。ひらがなみっつでことみ、呼ぶときはことみちゃん」
「こ、これは……」
「もしよろしければ、お友達になってください」
「なんと言う事だ……。あぁ……どうしてしまおうか。おねーさんびっくりだ……」
姉御、小毬の攻撃時と同等のダメージを受けて大ピンチである。
「???」
「いや、なんでもない。なんでもないぞ。ん、んん」
なんとか気を落ち着かせた来ヶ谷は、目の前の魅惑的な少女に対して自己紹介を始めた。
しかしその眼差しは、既に狩人。ターゲットロックオンである。
「私は来ヶ谷だ。来ヶ谷唯湖。呼ぶときはおねーさんだ。もしよければ、是非私のものに……」
そう言い終わらないうちに、来ヶ谷の両手がことみを包み込むように伸ばされて……。
「ってちょっと待てー! そこ! ちょい待てー!」
たまらず駆けてきた河南子の声が、抱きしめ直前の怪しい手を押し止めた。
「む。この私の至福のひとときを邪魔しようとは。何奴か?」
河南子を睨み付ける来ヶ谷。至福のひと時を邪魔された彼女はその犯人に対して眼力での勝負を挑んだ。
だがその視線をものともせず、河南子は河南子で自己主張を口にする
「横取りはいかんよ、横取りは。ことみさんはあたしのもんだ」
ここにもいたのだ。ことみに染まってしまった人物が。
「それは『ことみ君は渡さないぜー、もしそれを奪うというならば私の屍を越えてゆけー』という意味で受け取ってもいいのだな?」
「おもしれー、いいよ、それでも」
臨戦態勢に入る馬鹿二人であった。
「???」
自体が飲み込めていないのも、ここに一人。
「待て待て、がきんちょ共」
と、おいしいところで秋生が二人の間に割り込んだ。
「野球で白黒つけな。いいな」
「ふむ……」
「あー? いいじゃん、今でも」
「俺様がルールなんだよ! ふざけたことぬかしてると鷹文ちょん切るぞっ!」
無茶苦茶な説得であった。
「いーよ。さくっとやっちゃって」
即答で答える河南子も河南子だ。
「良くないよ! なんでだよ!」
聞きつけた鷹文も必死だ。
「すみません、あいつ行き当たりばったりなやつで」
鷹文が来ヶ谷にフォローをいれる。
その河南子はというと、「まだあたしのだ」と言いつつことみ連れ、他の場所に行ってしまっていた。
「気にする事は無いさ少年。あれはあれで楽しめるものだ」
「ありがとうございます。あ、僕は鷹文。今日は試合の審判をさせていただきます」
「そうか、おねーさんは来ヶ谷だ。よろしく頼む、鷹文少年」
ある意味とてもわかりやすい自己紹介があちらこちらで続いている。
気が合うのかなんなのか、微妙に理解しがたいひと時であった。