「今日は頑張っていっぱいお弁当を作ったんです」

「そうだったんですか。お母さんのお弁当は凄く嬉しいですっ! たくさん頂きますっ!」

「わたしもたくさん応援しますねっ! 頑張って、渚」

「はいっ。頑張りますっ!」

CLANALI   第十二話

 俺達は草野球の会場となる学校へと向かっていた。

 俺の隣にはオッサンが。渚と早苗さんは少しだけ後ろからついて来ていて、談笑しながら歩いているようだった。

 

「オッサン」

「んー、なんだよ?」

 

 俺はさっきから気になってしょうがなかった疑問をオッサンに投げかける。

 

「あんたが遊び好きなのは知ってる」

「そーかよ」

「ぱっと見の年齢がわからない、いい意味での子供って事も良く解かってる」

「そーかい」

「だけどな」

「んだよ小僧」

「その格好はどうかと思うぞ? 正直隣を歩いていたくない」

 

 あろうかこの父親は『古河ベイカーズ』と刺繍の入ったユニフォームを来ていた。

 それも上下小物にいたるまで完全装備だ。街中を歩く格好だとは到底思えない。

 ……しかも店名が過剰に広告されている。

 

「いーんだよ。こうゆうのは気分からなんだよ! 気分!」

「その割には顔が引きつっている様に感じるんだが」

「小僧。それ以上突っ込むな。これはな、昨夜早苗が用意してくれたモンなんだよ。俺だって少しばかりキツイ。ああ認めるさ。

 だがな、『街中で着れるか! 恥ずいわ!』なんて馬鹿正直に言ってみろ。あいつの泣きダッシュで日本記録が出ちまう」

 

 そういう訳か、そりゃ脱がない訳だ。

 気づかれない程度に後ろを覗き見る。確かにあの笑顔が無くなるのは忍びないな。

 

「てめぇ、人の女房に色目使ってんじゃねえよ」

 

 使うか馬鹿。……でも、いや……なんでもない。

 

「もうひとついいか? オッサン」

「服の事以外ならな」

「今日の相手とどうやって知り合ったんだ? 聞けば全員俺達とそう年が変わらない連中だそうじゃないか。確か名前は……」

「『リトルバスターズ!』だよ。ちなみに出会った理由はそんな大したモンじゃない。たまたまだよ。たまたま」

「ふーん。ま、どうでもいいけどな」

「んだよ、ったく」

 

 俺の態度に面白みを感じなかったのか、オッサンはつまらなそうに舌打ちをした。

 だがそれも一瞬の事。オッサンの眼差しに、普段とは違う色が映った。

 

「丁度いい。小僧、お前にだけは一つ教えといてやる」

「?」

「そう重要な事じゃないが……いや、少なくとも俺にとっては違うか。しばらく前に起きた、ある学校の件、覚えているか?」

「数ヶ月前? ある学校って言われてもな。そんな漠然とした問いかけじゃ何にも……あ……」

 

 俺の脳裏に、とある一件が浮かんできた。

 そう、それは一台の……。

 

「おおっと、別に詳しく思い出さなくてもいい。それだけでいい。顔見りゃ解る」

 

 悲惨な事故だった。それでいて奇跡的な事例でもあった。

 ただ、何故今になってあの事件の事を話題に出すのか?

 俺はオッサンが言おうとしている意味に考えが回らなかったが、もしかして、と思い直す。

 

「まさか、だよな。オッサン……そのリトルバスターズって連中は……」

「当事者だよ。バリバリのな」

 

 言葉にならない。

 俺はオッサンが話す言葉の続きを待つ事しか出来なかった。

 

「世間じゃアレを神様の奇跡だなんて簡単に括っちまった。だけどな、あいつはあの時、俺に向かってはっきりと言いやがったんだ」 

 

 『神様の奇跡? そんな他人任せな言葉でまとめないで下さい。

  俺は自分の事をまだまだ子供だと思っています。世間の事情もまるで判っちゃいない。

  でもこれだけは言えます。これだけは譲れないんです。

  いくら世間が神様のおかげだと決め付けていても、あの時起こったのは、起こした事は……』

  

「俺の親友と、俺たちみんなで起こした『望み至った最高の現実』です。ってな。最初聞いたときは、俺も唖然としたさ。正直訳わからんかった。

 だけどな、その時のあいつの目は……誇り高かった。俺は完全に飲み込まれてた。……俺だって一度は『奇跡』ってやつを望んだことがある。

 でも俺は望んだだけだった。待っていただけだった。でもあいつは……自分達でそれに匹敵する何かを起こしたって言ったんだ」

「オッサン……」

「そいつらを、そいつらの意思って奴を知ってみたくなった。……そんだけの話だ」

 

 

 

 俺にはきっと、今の話の全てを理解する事は出来ていない。

 でも、俺の心にはにそいつらに会ってみたいという気持ちが確かに生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよっ! 朋也! って何? おじさんその格好?」

 

 なんて神妙な感情をぶち壊してくれたのは、道の角から姿を現した杏だった。

 妹と一緒に歩いてきた杏は挨拶もそこそこに……。

 

「うわぁー。 正直恥ずかしいわ、ソレ。 隣に居たくないわねー」

 

 オッサンの格好を寸評し、爆発確実な導火線に火をつけやがった。

 

「「馬鹿っ!!」」

「え? 何よ?」

 

 後ろを振り返ると、早苗さんの目から大量の涙が……。

 あ~、やっぱり聞こえてましたよね。

 

 

 

 

「あ、あはは……。えと、朋也? 私、なんかやらかした?」

 

 杏、だから少しはその脊髄反射な性格を何とかしろと……。

 俺は小さくなっていく二人を見ながら、そんな益体のない事を考えていた。

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