「……おぁ?」
ふと目が覚めた。
とはいうものの、部屋の中は未だに暗闇だった。
……隣からの布団からは、早苗の規則正しい寝息が聞こえる。
俺はぼんやりとした頭のまま、枕元にあった目覚まし時計に目を向けた。
「んだよ、まだまだ夜中じゃねえか……」
夜光塗料が塗られている針が示していたのは、もう一眠りどころか十分な睡眠が取れそうな時刻だった。
そのまま寝直すべく目を瞑る。
息を吐いて力を抜くと、なんとも心地の良いリラックス感が身体を包み込んできた。
再びまどろみの世界へ潜ろうとしていたその時、瞼の裏にとある光景が映っていた事に気付いて、記憶の糸を引き寄せる。
今にも霧散しつつあるそのイメージは……夢。
そう、夢を見ていた。
目が覚める寸前まで見ていた夢。
それはあの夏の終わりに起きた馬鹿との出会い。
残暑の厳しかった秋口、俺は用事を済ませようとあの町へ行き、あいつと知り合った。
暑いんだよ、と太陽へ文句を言っていたら……そうそう、アイスを恵んでくれたんだよな?
でもって多少話し込んで…… あの話に及んで……
最後に野球の誘いをしたのまで憶えてる。
「んー……?」
だが、なんだか妙な引っ掛かりを感じる。
別に面白おかしく編集された夢を見ていたわけじゃないんだが、ちょっとした違和感が……
っと、そうか。
唐突だったんだ。
それは夢として追体験したからこそ感じた、出会い頭の違和感。
「そういや、あいつ。 なんで俺に声を掛けてきたんだ?」
眠れねぇ。
何気なくあの日の事を思い出したのが運のツキ。
芽生えた疑問は、俺の睡眠欲を場外ホームランしてくれやがった。
どんな罠だよ……ったく。
「……一服すっか」
しばらくの間布団の中でもぞもぞと動いていたが、気分転換でもしようかと思い起き上がった。
いっそのこと明日の仕込みでもやっちまうか、とも思いついたが……いくらなんでも早すぎる。
早朝というよりは前日の深夜って時間帯だしな。
居間に置いてあった煙草の箱とライターを回収。
そのまま夜風を求めて縁側へと足を向けると、そこには先客がいた。
しかも二人揃って。
「……なにやってんだお前ら?」
深夜に逢引している二人に、じと目でつっこみをいれた。
背を向けて座っていたそいつに対し、足で挨拶をしなかった俺様はなんて大人なんだろうか。
目が冴えて……やら、咽が渇いて……だとか捻りもない返答をしてきやがったんで、止めの一言を言い放つ。
「お前らそーゆー関係か?」
「違ぇよっ!」
「違いますってっ!」
そいつら……小僧と恭介は、良い感じにハモりながら声を上げた。
うし、良いリアクションだ。
煙を肺まで呑み、一拍の間だけ堪能した後……僅かに開いた唇の間から外へ逃がした。
紫煙が夜空にゆったりと立ち昇る。
僅かな陰影を浮き上がらせて、宵闇の中へ紛れていった。
「そうか。 ま、いいんじゃねえか?」
俺は小僧に答える。
小僧は真っ直ぐな目で俺を見ていやがった。
……外で仕事をする、と。
こいつはそう宣言してきた。
俺が来る前に小僧は恭介と話をしていたようだったが、それが関係しているんだろうか。
話がどういった内容なのかは詮索しねえが、こいつの尻を蹴飛ばすような事だったんじゃないかと勝手に思うことにする。
歳が近いモン同士が刺激し合うってのも乙なものだ。
小僧はうちの店で働いていた事に関して、甘えさせて貰ったと感謝してきやがった。
居心地が良いと思って貰えているのは嬉しいし、実際役にも立っているもんだから、ちと寂しい気もするが……
こいつには、こいつの人生がある。
笑って見送るのが一番だな。
渚は本気で寂しがるかもしれねえが。
「今の感謝の言葉。 そいつは小僧、お前が一人前になったら聞いてやるよ」
「たはっ…… いつも妙なところで厳しいよな、オッサンは」
んなこたねえよ。
「馬鹿野郎。 こんなのは厳しいもなにもねえじゃねぇか。 深く捉えんなっての」
「ははっ、それが厳しいんですよ」
恭介が嬉しそうに断言しやがる。
ってかなんでお前が嬉しそうな顔してるんだよ。
「俺や理樹にだって厳しかったじゃないですか。 ……ほら、あの野球が終わった時の事とか」
「……知らねえよ」
蒸し返すなっての。
あの時はあの時。
今更思い出したところで恥かしいだけだ。
残り短くなった煙草を口から離し、久々に聞いた名前を懐かしむ。
「直枝か…… どうだ? 元気でやってんのか?」
「元気みたいですよ。 俺も暫く会っていませんが、連絡だけは欠かさないんで」
恋人かよ? と小僧が呟いていた。
……多少の距離があっても関係は変わらずってか。
ホントにいい友人を持ってるもんだ。
「そういえば…… この前、こんな事があったらしいんですよ」
と、恭介が苦笑いを浮かべながら語り始めた。
俺は恭介の話に耳を傾けつつ、二本目の煙草に火を点けた。