サッカーボールを持って、公園へ走る。

 そこで出会えたのは、ずっと疑問に思っていた言葉の答えだった。

 

 

 

 

 それは……捨てる事など出来はしなかった、小さな記憶。

CLANALI-AFTER STORY  第八話

 幾つの国を渡り歩いたのだろう。

 あたしの父親は、自分の仕事に誇りを持っていたんだと思う。

 裕福と言える環境が続いたわけでもなかったし、それこそ命の危機を間近に感じる事すらあった日々だった。

 それでも父親は、その国での仕事に区切りをつける度に、また別の国へと向かって行った。

 小さかった、あたしの手を引いて。

 

 君のお父さんは人の為に頑張っているんだよ、と説明を受けたのは何時の事だっただろう。

 とある国で、手伝いをしてくれていた大人に父親の事を尋ねた時の話だ。

 その人の口から出てくる言葉が、何から何まで好意的な意見だったのを良く憶えている。

 勿論、話の全てが理解出来るほど私は大人ではなかったが。

 でも、父親を尊敬するという感情が芽生えるのには……十分過ぎる出来事であったのも確かだった。

 続けざまに、その大人へ質問をした記憶がある。

 父親の事、この国の事。

 今となっては何語で話していたのかも憶えてはいない。

 ただ、ひとつだけ理解できない言葉があった。

 ……どこかで聞いた単語だった。

 

「ねえ、────ってどういう意味?」

 

 

 

 

 時は流れ、私達も流れていく。

 そんな日々の中、起きてしかるべきとも思えた事態が私達を襲った。

 結果、私達を待っていたのは物語的な奇跡でもなく、戯曲のような悲劇でもない……私の知らない『母国』への帰国だった。

 

 夢の国。

 父親から話を聞いていただけでは理解できていなかった現実が、その国には当たり前として存在している。

 そう、一人で遊びに出かける事が出来るという世界が目の前に広がっていたのだ。

 それは子供心に、どれほど魅力的に映ったことか。

 あたしはサッカーボールを抱え、未知の世界へと足を踏み入れる。

 子供だけで遊ぶ事が出来る空間、公園。

 そこには、同い年くらいの男の子が一人。

 

 その日は、ずっと疑問に思っていた単語の答えを知った……なんでもない一日だった。

 

 

 

 再び、あたしは父親と世界を巡る。

 父親の手伝い。

 とある漫画本との出会い。

 様々な人々との交流。

 答えを知った日を思い出す夜。

 ……結局、あたし達親子が日本の地を踏むことが出来たのは、それから数年の月日が流れてからだった。

 

 

 そして、その日が訪れた。

 悲鳴、浮遊感……あたしの名前を叫ぶ父親の声。

 鮮明に憶えているのは、冷たい水の感触。

 そしてなにより、あたしはもう助からないんだな……と意識が擦れていく、その絶望感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱鷺戸ぉっ! お前……死んじまったのかよぉっ!!」

「だったら貴方の目の前にいるこのあたしはなんなのよ……」

 

 朱鷺戸さんの話は、真人の早とちりな絶叫と共に幕を下ろした。

 既に窓の外は暗く、今までの話がとても長い時間語られていた事を示している。

 ……あの写真を手にした朱鷺戸さんは、鈴に一つの取引を持ちかけてきた。

 この写真を譲ってもらえないかしら、と。

 鈴にしてみても突然のお願いだったらしく、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。

 そんな鈴を見た朱鷺戸さんは、この写真はね……と自分の過去を話し出したんだ。

 

「もしかして、その写真って……」

「うん。 多分だけどね。 ここに写っている女の子が……あの時のあたしみたいな気がして」

 

 僕の問いに朱鷺戸さんが答える。

 ……別人かもしれない。

 もしくは偶然、朱鷺戸さんが写っているのかもしれない。

 その答えは分らないけど、朱鷺戸さん本人はその写真をとても愛しそうにみつめていた。

 例え写っているのが本人じゃなくても、彼女にとって思い入れの深い写真になっていることは周知の事実だ。

 

「……あの男の子と遊んだ日。 あの日は」

 

 今、朱鷺戸さんが見ているのは目の前の写真か。

 それとも、遠い日の記憶なのか。

 

「初めて……『友達』っていうものを自分で作った日だから」

 

 世界中を巡った幼い日々。

 仲良くしてくれた大人もいたんだろう。

 でも、彼女が知りたかった意味としての友達は……その日に出会えた男の子が初めてだった。

 それを今でも大切に思い続けている。

 それはきっと、心の奥にしまっていた……彼女の宝物。

 

 

 そんな思いを感じている最中、側で事の成り行きを見ていた西園さんがぽつりと一言。

 その言葉が、これからしばらく続く事になる騒動の始まりだった。

 

「……気のせいでしょうか? この男の子、どことなく直枝さんに似ていませんか?」

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