「ごめん、わからない。 全然わからない」
何故こうなったのか? どこで道を間違えたのだろうか? そもそもこの扱いはなんなのだろうか?
周囲のテンションについていけず、理樹は呆然と呟くのみだった。
なにしろつっこみ役が足りなさ過ぎる。
突拍子も無く繰り広げられる眼前の出来事に対して、キレのあるつっこみを返せる人物が理樹一人だというのが問題だった。
あまりにも勢いのついた状況の進行は、理樹による神速つっこみを全方向同時展開しても抑えきれはしなかった。
「さぁ、こっちの準備はOKよ。 かかってきなさい!」
朱鷺戸の声が響き渡り、場が一層盛り上がる。
彼女の宣言をもって最後のブレーキが外された。
これから始まる展開を止めることは……もう、誰にも出来ない。
「みんな、心の準備はいいかなっ? ……ごめん、今更確認することでもないよね」
自ら調停役を買って出た葉留佳が、最終確認を行うべく周囲を見渡す。
闘争に燃える瞳、好奇心を携えた瞳、少しは僕の意見も聞いてよってなにこれとりあえず落ち着こう? と懇願している瞳。
前者二種類の声無き返事を受け止め、葉留佳は自らが発した確認の言葉が無意味であったことを深く理解する。
最後の瞳だけは理樹の声付きだった気もしたが、それはそれ。
今ここに、戦いの火蓋は切られた。
「それじゃいくよっ! これより『直枝理樹真の幼馴染杯』を開催しますっ!」
「ホント意味わかんないよそれっ!」
「さぁ、ついにスタートとなった真剣乙女勝負。 場所はここ、駅前カラオケBOXパーティールームからお伝えします」
「……ねぇ、来ヶ谷さん?」
「少年の幼馴染ポジションを獲得すべく、参加者一同なんだかよくわからないパワーをその身に纏い……」
「来ヶ谷さんっ!」
完全に自分の世界に没頭している来ヶ谷に声をかけたのは、となりの席に座っている佳奈多だった。
佳奈多は自分の前に置かれたプレートを玩びつつ、来ヶ谷の意識を大声で呼び戻した。
「何ですか? 私の前に置かれたこのプレートは?」
「何とは? 見たままの意味だが?」
「……私には『解説』って書いてあるように読めるんですけど?」
佳奈多の手の中にある紙製の三角プレートには、まさしく『解説』と書かれていた。
ちなみに隣の来ヶ谷の前には『実況』と書かれた同じプレートが。
「まったく、二木女史も順番を滅茶苦茶にしてくれるな…… では先に紹介しよう、解説はご存知二木佳奈多君」
「誰にご存知なんですかっ! 聞いてないですよ私!」
実際に初耳だったのだろう。
佳奈多は葉留佳の返答に対し、素直な反応を返していた。
「続いて撮影は儚げな微笑みで有名な西園女史」
「……こんにちは」
「ってビデオカメラ!? もしかして撮影中なの今っ!?」
美魚は手に持つハンディカメラの画像から目を離すことなく、来ヶ谷からの紹介に合わせ機材の提供元を淡々と口にしている。
「アシスタントはほんわかお色気担当神北女史」
「うん、頑張るよぉ~」
「貴女は今の紹介で何を頑張るのよっ!」
「マスコットは和の心能美女史」
「わふーっ!」
「クドリャフカがマスコット……? ならいいでしょう」
何がいいのか?
確実に言えることは、今後佳奈多のつっこみは期待できないということか。
「そして司会進行はお馴染み葉留佳君だ。 あぁ、実況はおねーさん、来ヶ谷唯湖でお送りしよう」
来ヶ谷のスタッフ紹介が終わると同時に、元気の良い声がマイク越しに響き渡る。
「優勝商品、ではなく、彼を自由に扱える権利……もとい、理樹くんの真の幼馴染という称号を得るのは果たして誰なのか!」
「それって絶対に意図的な言い間違いだよねっ!?」
葉留佳が行うマイクパフォーマンスに半泣きでつっこみを入れている理樹。
彼は両手を後ろ手に縛られ、更には真人の膝の上に座らせられていた。
後ろからがっちりと抱きしめられている為、完全に脱出不能であることだけは間違いない。
「うっ……羨ましくなんか……ないっ!」
「謙吾!? その台詞ってそこまで悔しそうに言い切るほどのものじゃないよねっ!?」
「安心な謙吾、途中で交代してやるからよ!」
「真人! ホントかっ!? ……あぁ、俺は今ほどお前と親友でいられたことを嬉しく思ったことはない……」
「へっ……照れるぜ」
「あーもーっ! どこからつっこめばいいのさっ!?」
理樹の全自動つっこみでも間に合わない状況。
それでもこの空間内には、それ以上につっこみようがない場所が存在していた。
「続いて挑戦者の紹介いってみよ~!」
そう、それはステージに立っている三人の挑戦者達のことである。
葉留佳の言葉が終わるや否や、一番と書かれたネームプレートを胸につけた小柄な影が自己紹介を始める。
「風子っ頑張ります!」
「なんで伊吹さんがそんなにやる気なのっ!?」
理樹の疑問もどこ吹く風。
風子は、お姉ちゃん見てますかー? と美魚の持つカメラに手を振っている。
テレビに映ってるつもりになり、姉に向けてメッセージを送り続けていた。
「二番手は鈴ちゃんです!」
「理樹の幼馴染はあたし一人で十分だ」
貫禄の一言。
腕を組み、やや不機嫌そうに言い切る鈴のその姿は、臨戦態勢をとった猫のイメージがしっくりくる。
「り、鈴?」
「ふかーっ!」
弱々しく名前を呼んできた理樹への返事は、結構本気な威嚇声。
鈴は自分の中に渦巻いている感情を隠すことなく、不退転の意思をさらけ出していた。
「鈴ちゃん本気だーっ! そんな鈴ちゃんを待ち受ける最後の挑戦者はこの人っ!」
三人目の挑戦者が一歩だけ前に進む。
そこに浮かぶのは、純真な笑顔。
「宣言するわ……勝つのはあたし、『朱鷺戸あや』よっ!!」