「で?」
「で……って?」
「だから、どうして思春期のはっちゃけ少年みたいなノリで頭の悪そうな彼女自慢なんてしたのよ?」
「ははっ、てれるなよ杏っ」
「……はぁ~。 これだから酔っ払いは……」
どうにかして早苗を捕まえて家まで戻ってみると、お嬢ちゃんが恭介に小言を言っている最中だった。
まぁそれを聞いてる恭介の態度から察するに、既にそれはもう小言というよりもただいちゃついてるだけな気がしないでもない。
大体だな、その格好はなんだ?
膝枕ってなんだよ膝枕って。
恭介のやつは酔っているのも手伝ってか、その両目を閉じてはいつつも満ち足りた笑顔を浮かべていやがるし。
お嬢ちゃんに至っては、手がかかる子供をあやしいてるかのような優しい笑顔だ。
そんな顔をしつつ膝の上にある彼氏の頭を撫で、時折思い出したかのように文句を言っていたとしても迫力なんてありはしない。
……いや、かえってその方が効果覿面なのかもしれねえがな。
特にこいつには。
「だってな? お前の可愛らしさを正しく伝えなくちゃいけないじゃないか。 それが俺の使命だったのさ」
「伝えないでいいわよ」
「否、断じて否だ」
「はいはい…… ほら、少し休んでなさいって」
否定の言葉と共に起き上がろうとした恭介。
それをお嬢ちゃんは呆れ半分なニュアンスを込めた言葉で押し止めた。
そのまま恭介の肩先を手のひらでぽんぽんとあやし始める。
「おいおい、俺だってもう子供じゃないんだから……」
「いいから。 ……ね? こうすると落ち着くでしょ……?」
「……まぁ、ん…… 確かにこれは……」
「……」
リズムよく、慈しむように優しく……
「……」
その眼差しは、恋人にも……母親にも見えて。
「……ん、もう寝ちゃった……? ホント寝付きがいいわね~」
恋人の膝で眠りに落ちた男は、心底安心しきった寝顔を見せていた。
「お手並み拝見させてもらったぜ。 随分と手馴れてんじゃねえか」
「あ、おかえりなさい。 相変わらずな様子ですね」
お嬢ちゃんは俺様と早苗が起こした一連の流れを思い出してか、くすくすと笑いを零しつつ答えてくる。
「ま、それが俺様の愛だからな」
「言い切りますねぇ。 ごちそうさまです」
「なに言ってやがる。 自分の体勢を見てからほざきやがれ。 見ててこっちの方が胸焼けするぜ」
指摘してやると今更ながらに照れ笑いを浮かべやがる。
ったく、こいつらの実生活はどれだけ甘いってんだ。
「ただいま戻りま……ふぁあっ!? 杏ちゃんと棗さんが大変な事になってますっ」
とんでもないものを見てしまったかのようなリアクションをしてくれたのは愛するお姫様だ。
居間に入ってきた渚は、顔を覆った手のひらの隙間から仲睦まじい友人の姿を覗き見している。
「渚ぁ、あんたねえ…… 恋人がいる歴はあたしなんかより長いんだからこの程度でうろたえてんじゃないわよ」
「そっ、そんな歴史は関係ないと思いますっ」
「朋也を部屋に連れて行っていちゃいちゃしてきたんでしょ?」
「お布団を敷いてきただけですっ!」
ほう。 小僧の姿が見えないと思っていたら、既に部屋に戻ってたのか。
「したくないの? いちゃいちゃ」
「し……したくない事もないんですけど……」
「ですって。 お宅の娘さんはいちゃいちゃをご要望みたいですけど」
「そんなことお父さんに報告しないでくださいっ!」
「あははっ。 渚は相変わらず可愛いわねぇ」
てめえ、俺様の目の前で渚をからかうとはいい度胸だ。
速やかに娘の危機を救うのが素敵なお父様だってもんを見せてやるぜっ。
「渚、安心しな。 さぁ! 思う存分いちゃいちゃしようぜ!」
「しないですっ! お父さんとはそんなこと出来ないですっ」
「なぁにぃいいっ!? 俺様は渚といちゃいちゃしてえんだよぉっ!」
「するなら朋也くんとですっ」
ぐあぁぁぁぁなんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ。
「秋生さ~ん? あまり大きな声でおかしな事叫ばないでくださいね~?」
戸締りを確認していたんだろう。
店側から早苗の声が返ってきた。
「はい、藤林さんもどうぞ」
「あ、そんなおかまいなく…… いただきますね」
遠慮しつつも美味そうに早苗が淹れたお茶をすするお嬢ちゃん。
にしてもようやく一息ついたってところか。
俺や渚も同じくお茶を一口。 ほぅ、と溜息が意図せず零れる。
「どうだ? どうせだからお嬢ちゃんも泊まっていけよ」
「あ、それはとてもいい案だと思います。 私も杏ちゃんにお泊りして欲しいです」
渚が嬉しそうに追随する。
なんでもこのお嬢ちゃんは恭介の忘れ物とやらを持って来たんだそうだ。
原付で向かってくる途中、店の近くで公子先生のとこから帰ってきた早苗達と偶然合流した、と。
「そんな、そこまでご迷惑をお掛けするのも……」
「気にすんなって。 家には電話でもしとけばいいだろ。 それに……」
お嬢ちゃんの膝の上で呑気に寝息を立てている恭介に目う向けつつ、
「こいつもこんなんだしな」
「あ、あはは……」
恭介は頃合いを見計らって朋也がいる客間に投げ込んでおけばいいだろう。
お嬢ちゃん自身は渚と一緒に寝てもらうか。
「……すみません、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「えへへ、嬉しいです。 杏ちゃん、後でいっぱいお話しましょう」
勿論よ、今夜はそう簡単には寝かさないわよ~。
なんて娘っ子達の楽しそうな会話を聞きつつ、俺は縁側に腰を掛けて煙草に火を点ける。
程よい夜風が俺を撫でる。
既に酔いは半ば醒めてはいたが、こういう感覚は嫌いじゃなかった。
「じゃあ渚、お風呂一緒に入ろっか」
「ふえ、えええ~っ」
……こいつは明日の朝もそれなりに騒がしそうだな。