「理樹、見てみろよこれ。 懐かしくね?」

 

 真人が差し出してきたのは古い新聞の切り抜き。

 そこに印刷されている写真には、あの日の僕達が写っていた。

 

「あ、ほんとだ。 うわ……懐かしいな」

「新聞の記事ですか? ……蜂の巣、……お手柄、……消防車? なるほど、これが噂の」

 

 あ、西園さんはこの切抜き写真を見るのは初めてなのか。

 

「うん。 僕にとっての、リトルバスターズ最初のミッション……」

 

 毎日ふさぎ込んでいた日々。

 そんなあの日、僕に手を差し伸べてくれたんだ。

 リトルバスターズのみんなが。

 

「真人の犠牲で勝ち取った、何物にも代え難い思い出だよ」

「理樹、あたしは忘れない。 井ノ原真人という名の馬鹿がいたことを」

 

 鈴? 僕が振っておいて言うのもなんだけど、その言い方だと真人は夕陽の向こうに笑顔で浮かんでいそうだよ?

 

「へ…… 惜しい奴を亡くしちまったぜ……」

 

 真人っ!? 自分で過去を確定させちゃったよっ!?

 しかもそれは完全に夕陽の向こうからバストアップな真人が振り返ってるパターンだよねっ!?

 

「って、何よこれ? 焦げてる子までいるじゃない」

 

 その新聞記事を手渡された朱鷺戸さんが素っ頓狂な声をあげる。

 

「ああ、焦げてるのはこいつだ」

「鈴。 てめえ人に指を差すな、指を」

「……え、あなたなの? この子? ……え、え? じゃあもしかして一緒に写ってる周りの子って」

 

 朱鷺戸さんの視線が僕と鈴に向けられる。

 頷きつつ、僕はリトルバスターズの事を話し出した。

 あの日から始まった、お祭騒ぎのような毎日の事を。

 自分でも自覚できるぐらい誇らしげに。

CLANALI-AFTER STORY  第六話

「すっごい馬鹿」

 

 それが朱鷺戸さんの感想だった。

 うん、まぁ、そうかもしれないけどさ……

 

「でも……」

 

 彼女はもう一度だけ手元の新聞記事に目を落とし、柔らかく微笑みながら……

 

「とても楽しそうに笑ってる……」

 

 遠い何かを見るように、そっと呟いた。

 

「お前目が悪いのか? どう見てもあたしは嫌がってるようにしか写ってないぞ?」

「この男の子に捕まってるのがあなたなんでしょ? ふふっ、そうね。 凄い嫌そう」

「まるであたしまで馬鹿の仲間みたいに扱われてたからな」

「でも一緒にいるのが嫌だったんじゃないんでしょ? んー、写真に撮られるのが恥かしかったのかな?」

 

 それはある意味的確な指摘なのかも。

 ん、でもたった一枚の写真を見ただけでそう思えるのも凄いよね。

 

「朱鷺戸さんって洞察力がいい方?」

「え? 違う違う、そんなんじゃないって」

 

 僕の疑問に彼女は苦笑いを浮かべながら手を左右に振って、

 

「ただ、こういうのに憧れてたから」

 

 なんて、さらりと言い放つ。

 

「ふむ…… 朱鷺戸女史、憧れていた、とは?」

「来ヶ谷さん、でいいのよね? さっきから思っていたけれど、なんでそんな呼び方なの?」

「嫌かね?」

「嫌っていうか、こそばゆいというか……」

「ではマイハニーと」

「朱鷺戸女史でお願い。 寧ろお願いします」

 

 早速来ヶ谷さんに弄られ始めてる……

 にしても朱鷺戸さん? 切り返し早いね。

 

「憧れてたって程でもないんだけど…… 昔は色々な所に行ってたから。 父親と一緒に」

「……転校が多くて親しいお友達を作っていられなかった、ということでしょうか?」

 

 西園さんが言葉の端から推測する。

 

「んー、転校というかそれ以前に……」

「?」

「ううん、そんな感じかな? だからなんていうか…… この写真の子達を見て、そうだったらいいなーなんて」

「それは……希望、いえ、願望でしょうか?」

「うん。 仲良しな友達に囲まれて、素直にはなれないけど……とても幸せなのは知ってる。 そんな女の子を、ね」

 

 夢見ていた。

 あえて区切った会話の終わりに、そんな言葉が続くような気がした。

 それは自分と重ねてみることでそれだけで満足しているような……言い難い儚さを秘めている言葉だった。

 

「でもね、年代で言えばこの子達の頃よりもう少し昔かな……? そんなあたしにもとても仲良くしてくれた子がいてね」

「幼馴染、かね?」

「これ以上は内緒。 って引っ張るのもなんだから言っちゃうけど、実はあんまり憶えていないの」

 

 そうは言うけれど、今の朱鷺戸さんは笑顔の塊だった。

 それぐらい大切な思い出なのかもしれない。

 例え、具体的に憶えていなくても……

 

「ありゃ? なんだこりゃ?」

 

 と、また何かを発見したのだろうか?

 真人は今まで話題もまったく気にせず、恭介の置き荷物を漁り続けていたみたいだけど……

 ? アルバム?

 それは写真屋で無料サービスしてくれるような、色褪せたアルバムだった。

 

「んだよ。 俺や謙吾どころか鈴すら写っていねえじゃねえか」

 

 そこには、取り残された風景が写っていた。

 夕陽に暮れる町並み。

 塀の上から興味深げにファインダーを覗き込んでいる野良猫。

 古めかしい赤ポスト。

 小さな公園で遊んでいる二人の子供。

 やたら鮮やかな色彩のブリキ看板。

 統一性の一切ない、思うが侭に取り散らかした写真だった。

 

「これって、恭介が撮ったのかな?」

 

 恭介の荷物に入ってたんだから、きっとそうなんだと思う。

 鈴にも見覚えがないようで、んーんー唸っていたけれど……

 

「この猫知ってる」

 

 その中の一枚を手に取ると、それが思い出す引鉄になったのか。

 間違いない、と。

 

「この猫、昔見かけた」

「昔って?」

「真人と知り合う前」

 

 そんなに昔なんだ。

 もしかしたら、恭介が使い捨てカメラかなにかで興味を引いた場所でも撮ったんじゃないのかな。

 何か目的でもあって、それで……

 

 

 

 

「朱鷺戸女史?」

 

 その来ヶ谷さんの声には、少しだけ相手を気遣う感情が込められていて。

 だから僕は、声につられて半ば自動的に顔を上げていた。

 でも、呼ばれた朱鷺戸さんは来ヶ谷さんの声に気付く様子もなく……

 ただ一言。

 

「嘘……」

 

 一枚の写真をみつめながら、そう、呟いた。

 

 

 公園で遊んでいる、二人の子供の写真。

 その子達の足元には……

 

 丸い、サッカーボールが転がっていた。

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