「いいんです。 別に信じてもらおうとも、信じてもらえるとも思っていませんから」

 

 その馬鹿は自分が体験した出来事を、そこから得たと言う信条を語った後……半ば自虐的な意味合いも込めてそう締めくくった。

 手に持った貰い物のアイスはとっくになくなっている。

 日差しも相変わらず照り続けている。

 だが、今の俺に暑さを感じ取る余裕はなかった。

 

 ──こいつは、自ら体験してきやがったのか……?──

 

 多くの人間にとっては、単なる与太話に聞こえるんだろう。

 実際、こいつの態度を見れば良く分かる。

 なんでこんなことを他人に話しているんだろうか、と。

 そんな雰囲気がこの男の態度から目に見えて分かる。

 それでも、俺には聞き流す事なんて出来やしなかった。

 

「ま、そんな事もあるんじゃねえのか?」

「え……?」

「不思議でもなんでもねぇっつってんだよ。 世の中にゃそんな事だってあるってもんさ」

 

 なんだよその顔は。 随分と面白い顔だな。

 昔、俺は町の想いを感じた瞬間があった。

 正直なところ、漠然としたイメージでしかなく……それが正しい表現なのかも理解出来ちゃいないがな。

 確かな事は、その何かが救ってくれたんだ。

 大切な、本当に大切な宝物を。

 俺はあのとき……町の想いに救われた。

 こいつは、人の想いで救い合った。

 その、なんだ。 なんともロマンチックな例えでこっぱずかしいが……

 その『何か』に、違いなんてもんはないのかもしれねえな。

 

「萃まる、想い……か」

「えっ……と?」

「んでもねぇよ。 ったく、いい仲間じゃねえかよ。 リトルバスタイムだったっけか?」

「リトルバスターズですって」

「そうそう、そのバスターズだ」

 

 ……面白え。 思いがけず面白そうな奴に出会えたもんだ。

 久々ににやけが止まらねえな、こりゃ。

 

「小僧、そのメンバーは野球をするために集まった……って言ってたよな? 聞いて驚け、俺様は古河ベイカーズって名前の……」

CLANALI-AFTER STORY  第五話

「だから言ってんじゃねえかっ。 俺様の早苗が一番だと! てめえらあいつを近くで見てんだからよく分かんだろうが」

「待てオッサン。 確かに早苗さんは美人だ。 それに癒される。 ああ認めるさ。 でもな!」

「二人きりになったときの甘えっぷり。 残念ですが、これには早苗さんも渚さんも杏にやつには及ばないですって」

「恭介、お前も待て。 奥ゆかしい渚がほんの時折見せる一生懸命なアピール! お前らはそれを知らないだろうっ!」

 

 とまぁ、気が付けばこんな状況になっていた。

 俺に朋也と恭介。

 あほな男が三人揃って、自分の女の自慢話に花を咲かせていた。

 というか互いの意見に対して毎回毎回オブジェクションし合ってるだけな気もするが……

 それもこれも酒の勢いに任せての事だ。

 呑み始めたビールは底を付き、続けて日本酒、チューハイと消費していき、今ではウイスキーも残り少ない。

 普段じゃまったく考えられないペースなのは間違いない。

 俺様も弱くはねぇが、若いこいつらに合わせちまったのが不覚だったというか……

 

「古河さんも朋也も分かってない、なにもかも理解しちゃいない! 杏が! 頬を染めて! 甘えてくるんですよっ!?」

「渚がはにかみながら手を繋いでくる! えへへ、と! そう! えへへっと!」

「てめえ! 小僧!」

「そこで切れんのかよっ!?」

 

 なんにせよ、だ。

 冷静なのは頭の隅っこ、ほんの一部だけ。

 ただ騒がしく、馬鹿になれた時間だったのは……事実だった。

 

「へっ! 小僧ども、これを聞いて歯軋りしながら羨ましがれ!」

「「!?」」

「早苗にフェロモン溢れる大人な身体…… 想像したことがないとは言わせねぇ」

「「くっ……」」

 

 こんな時間も悪くない。

 ああ、ホントに悪くないな。

 

「俺様はなぁ……そんな桃源郷を、隅から隅まで! 堪能しつくしてんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「「……」」

 

 はっ、まいったかひよっこども。

 俺様の熱く迸る叫びを聞いて、二人とも固まりやがったぜ。

 完、全、勝利ってか?

 

「ほら、どうしたよ? いつまでもそんな面してんじゃ…… は? 後ろ?」

 

 この二人は只固まっていただけじゃない。

 小刻みに震えつつ、俺様の背後に視線を向けていたって事に気が付いたのは、一通り満足しきってからだった。

 

「んだよ、お化けでも出たってか?」

 

 そんな視線に流されるように背後を振り返ると……

 

「……秋生さん」

「ぎゃぼーーーっ!? 早苗ぇっ!?」

 

 噂の我が愛する女房が目の前に!?

 

「……こんな夜中に……ご近所にも聞こえてしまう大声で……」

「あ、あ~。 まぁ、アレだ」

「……朋也くん……やっぱりお母さんの事が……」

「渚っ!? 待て待て待て待て!」

「恭介、あんた……よりにもよって人妻に……」

「杏!? それは『家庭の医学』っていってな!? けして振りかぶるような扱いは……っ!?」

 

 どんな修羅場だよっ!?

 くっそ! 仕方ねぇ…… 朋也! 恭介!

 咄嗟に野郎二人をアイコンタクトを交わし、この場を治める非常手段に出たっ!

 

「早苗っ、好きだ!」 「渚っ、好きだっ!」 「杏、好きだっ!」

「あ……はいっ、私も大好きですよ」 「えっと…… はい…… ありがとうございます……」 「はぁ? 知ってるわよ?」

「「「……ありゃ?」」」

 

 最後の嬢ちゃんにだけ効果がねぇっ!?

 

「それより恭介? そんな戯言よりも先に……」

「棗! てめえ! 甲斐性無しがっ! 効いてねえじゃねえかっ!」

「知りませんよっ!? って今は俺に詰め寄ってる場合じゃ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 ってわけでだ。

 酒は呑んでも呑まれるなって教訓ってとこだな。

 深夜の町中で早苗を追いかけつつ、俺は僅かに残っていた理性で実感していた……

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