「うっそ!? ホントに最新刊まで揃ってるっ! お宝よお宝っ!」

 

 喜んでる。

 それはもう他に表現できないほど輝いてる。

 

「……なぁ、理樹」

「……なに? 真人?」

「あれ、朱鷺戸……だよな……?」

「……うん。 その筈なんだけど……」

 

 真人も彼女の豹変ぶりを目の当たりにし、二の句を接げずにいた。

 四月の初めに転入してきた朱鷺戸さん。

 おしとやかでありつつも活発で、誰とも隔たりなく接する人だった。

 まさしく『優等生』という単語が当てはまる、クラスの人気者……だったんだけど。

 

「嘘、嘘、嘘っ!? これなんて初版じゃないっ! いやったぁぁぁあああっ!」

 

 ……目の前で雄叫びを上げている彼女の姿は、僕達が持っていた先入観を遥か彼方に吹き飛ばしてくれた。

CLANALI-AFTER STORY  第四話

 元はといえば休み時間。

 恭介が置いていった漫画を話のきっかけにし、僕と朱鷺戸さんは肩を並べて廊下を歩いていた。

 彼女が僕達のクラスに馴染んでからも、こんなに話をしたことは無かった。

 僕は僕でリトルバスターズのみんなと一緒にいたし、彼女の周りには人垣が絶える事も無かったから。

 転入したての物珍しさ、というものもあったんだろうけど、それでも朱鷺戸さんの周りには常に友人の影があった。

 それは彼女が持つ人柄による賜物なのだろうか。

 ……実際に話してみると良くわかる。

 これは確かに人気があるのも頷けるな、と。

 

 はきはきとした話し方。

 投げかけた話題には笑顔で興味を持ってくれる社交性。

 それでいて自分の意見を相手に伝える爽快さ。

 そして……

 

「? どうしたの直枝くん?」

「う、ううん。 なんでもないよ」

「そ? でねでね……」

 

 ……彼女は、とても魅力的な女の子だった。

 美しさ、というだけでなく、時折見せる少女のような無邪気な笑顔。

 歩く度にゆっくりと靡くその長い髪は、どことなく甘い香りを含んでいて。

 

 

 ──懐かしい何かが……記憶の中から──

 

 

「聞いてないでしょ?」

「うわぁ!? 大丈夫だよっ!?」

「……怪しいなぁ」

「そ、それでね朱鷺戸さんっ」

 

 妙に戸惑ってしまった僕は会話の繋がりを気にする事も出来ず。

 

「この漫画、全巻揃ってるんだけど置く場所も無くて……っ。 朱鷺戸さんも好きなんだよね? もし良かったら……」

 

 持っていた本を差し出し、自分の中にあった戸惑いを振り払って彼女を誘っていた。

 恭介の置き土産についてのあらましを説明すると、彼女は二つ返事で応じてくれた。

 そして目の前にはタイミングを見計らったかのように僕達の教室が。

 不思議な安堵感を憶えつつも、僕は逃げ込むようにして教室へ入った。

 

 不思議な戸惑いと。

 記憶の奥から顔を覗かせた『何か』を……廊下へ、置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年、教えてくれないか?」

「聞くのが怖いけど、何? 来ヶ谷さん」

「私は朱鷺戸女史に対して萌えればいいのだろうか? 呆気にとられればいいのだろうか?」

「その答えは来ヶ谷さんの心の中にしかないと思うよ」

 

「理樹」

「今度は鈴?」

「あいつの笑い方、くちゃ怖いぞ?」

「それはくちゃくちゃの半分程度なのかもしれないけど直接言ったら失礼だからね?」

 

「直枝さん」

「出番待ちのタイミングを計っていたかのような西園さん、どうしたの?」

「朱鷺戸さん……ですか。 もしかしなくても直枝さん系の方だったのですね」

「ボケのレベル高いよっ!? もしかしなくてもってどういうことっ!? そもそも僕系ってなにさっ!?」

 

 漫画の山を漁りつつ自分の世界に入り込んでしまっている朱鷺戸さんを前に、僕達は遠巻きにして見守る事しか出来なかった。

 鈴の部屋の片付けを手伝ってくれる事になった来ヶ谷さんと西園さん。 それに僕と鈴と真人。

 そんな僕達五人の視線に気が付いたのか、瞬時に表情を引き締めた朱鷺戸さんは一、二度咳払いをしてゆっくりと振り返る。

 

「それじゃあ片付けを始めましょうか?」

「凄ぇ! こいつ今の世界をなかったことにしてやがる!?」

 

 物凄く爽やかに流そうとした朱鷺戸さんに耐え切れず、真人が暑苦しくつっこんだ!

 

「……さあ? なんのことかしら」

「とぼけんじゃねえよっ! 今の! 今まで! うひひえへへと馬鹿っぽい笑いで俺達を引かせてたじゃねえか!」

「なっ……! うひひもえへへも言ってないわよっ!」

「言ってましたー! 残念でしたー!」

「言ってないですー! 残念でしたー!」

 

 無茶苦茶子供っぽい口喧嘩が始まった!

 

「くっ……、耳の中までむさ苦しい筋肉で出来てるんじゃないの?」

「へっ!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 そんな応酬の最中、真人は朱鷺戸さんの言葉を鼻で笑い飛ばす。

 俺には褒め言葉でしかないんだぜ、とでも言いたげに。

 ……それもどうかと思うけど。

 

「朱鷺戸女史、ちょっといいだろうか?」

「え? え?」

 

 悔しそうに真人を睨んでいた朱鷺戸さんに近寄り、来ヶ谷さんが何かを耳打ちする。

 

「やっ! ちょっ、ちょっと! んっ、くすぐったい……!」

「って何してんのさ来ヶ谷さんっ!?」

「はっはっはっ」

 

 満足げに頷きつつ、朱鷺戸さんに『さあ言ってやるといい』と促す来ヶ谷さん。

 なんだかなぁ、もう。

 

「……ふぅ。 井ノ原真人!」

「んだよ、やるってのか?」

「あんたの大事な耳の筋肉は預からせてもらったわ! 発言を撤回しない限り、この耳筋はみみがーみたいにして食べるわよ!」

「なんだとぉっ! 俺様の耳がぁっ!」

「ってそんなの食べるかぁっ!」

 

 ……凄いなぁ。

 来ヶ谷さんの入れ知恵を疑いもせずに利用して、言い切った後で始めて意味を考えて自分つっこみ……かぁ。

 来ヶ谷さんは笑ってるし、西園さんまで肩を震わせてる。 きっとむこうを向いてるのは吹き出すのを堪えてるからなんだろうなぁ。

 鈴はきょとんとするだけだで良くわかっていなさそうだし、真人は『ミミガー、ミミガー……』と自分の耳を押さえながら挙動不審になってる。

 一体僕にどうしろと?

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