太陽は俺様の敵。

 あの時はそう信じて疑わなかった。

 

「くそっ…… なんだよこの暑さは…… ったく、俺様に恨みでもあんのかよ? あぁん?」

 

 日差しは容赦なく照りつけ、肩まで腕捲りした肌に紫外線やら熱気やらを存分に叩きつけてきやがる。

 これじゃあ僅かばかりの涼しさを求めて行った腕捲りという避暑対策も、完全に逆効果だ。

 

「ふざけやがって…… お? だったらいっその事、全身フル装備な防寒対策をすりゃ日差しもカットで万々歳とかか?」

 

 まぁ、あれだ。

 言われるまでもなく暑さで頭が参ってたって事は自覚してる。

 それもこれも全て残暑の所為だ。

 一体どこのどいつだよ? 九月から秋だなんて決めやがった野郎は?

 今は暦の上じゃ秋だ……って思うだけで、感じ取る暑さが数値以上の効力を発揮しやがる。

 実はまだ八月でしたー。 今年は例年よりも暑いので、八月は50日まで延長しますー。

 とか発表してくんねえのか?

 ……いや、それはそれで苛つくな。

 

「だぁーーーっ! 文句があんならなんとか言いやがれっ!」

 

 爛々と輝き続ける太陽に向かって叫んでみた。

 うっし、適当に大声出したら涼しくなったぜ。

 通行人からの視線がいい感じに冷えてきやがった。

 ……ここが別の町だったのが幸いしたな。

 家の近所だったら、あっという間に早苗の耳にまで届くだろうし。

 

 

 

 アホな事はこのぐらいにして、とっとと用事をすませるとするか。

 と、少しだけ残っていた理性がやっとの事で俺の身体の主導権を握ろうとした、その時。

 

「よかったらどうです?」

「ああん?」

 

 振り返ると、茶色い物体が目の前に差し出されていた。

 ああ、こりゃあれか。

 チューブに入ったチョコアイス。

 買うと二本がくっついていて、それをパキッと割ったその片割れ、か?

 

「冷たくて美味いですよ?」

 

 その手を伸ばしている男は満面の笑み。

 高校生だか大学生だか、よくわからん見た目だった。

 ただ、とにかく無邪気な顔をしてやがる。

 

 

 それが、第一印象。

 

 

 

 

 

 その夏。

 俺は、一人の馬鹿と出会った。

CLANALI-AFTER STORY  第三話

「ところでよ」

「ん? なんですか?」

「今日は嬢ちゃんの事、放っておいていいのかよ?」

 

 俺は棗のコップにビールを注ぎつつ、こいつと付き合っている双子な姉ちゃんの事をちらつかせてみた。

 

「ああ、大丈夫ですって」

「恭介。 お前、今日明日と連休なんだろう? だったらこんなとこに来るよりも……」

 

 小僧も気になってたらしく、棗の返答に被せるようにしてフォローをいれてきた。

 ってか小僧、手前ぇがこんなとことか言うんじゃねえよ!

 アイアンクローをかましてやると、小僧はあがあがと珍妙な呻き声を漏らした。

 ったく。

 もっと愛着を持ちやがれ、愛着を。

 

「違いますって古河さん! 朋也のやつは場所がどうとかって意味じゃなくて……」

 

 いい感じに顔面と勝利を掴んだ俺の手を押さえつつ、棗は小僧の肩を揺さぶった。

 ありゃ?

 ほろ酔いな脳みそにはちいとばっかし効きすぎたのか?

 

「ぐぁ…… 地味に効くなぁ、オッサンの小技……」

「へっ。 おみそれしたか」

「あほ。 ……ああ、なんだっけか。 そうそう、野郎三人と飲んでても楽しいのかって言おうとしたんだよ」

 

 ああ、そりゃ言えてるな。

 確かになんだこりゃな状況でもある事に違いは無い。

 俺様、小僧、棗。

 今夜はこの三人で酒の席を嗜んでいた。

 

 

 

 

 

 五月の終わり、とある日…… ま、簡単に言えば今日の夕方だ。

 小僧と二人で店じまいをしていた時、久々に棗から電話がかかってきやがった。

 よかったらお邪魔してもいいですか、と。

 早苗と渚は公子先生の家に出かけていた。

 夕飯は作り置きの料理を温めて、小僧と二人和気藹々と食べるだけだったもんだから即刻了承。

 暫くしてビール他数種類の酒を土産に棗がやってきた。

 『この未成年が』

 などと俺が悪態をついても、

 『自己責任って事で』

 とだけ答えやがる。

 ま、社会人だし、自分の事は自分で判断するか。

 

 で、現状に至る……と。

 

 

 

 

 

「杏が実家に帰るんで送ってきたんですよ。 でもって折角この町に来たんだから、古河パンに顔を出しておこうと」

 

 いい具合に酒が回ってきたのか。

 棗も小僧も口数が増えてきた。

 

「あ? 恭介、お前と杏って一緒に暮らしてるのか?」

「ん、半同棲ってとこか」

「半分? 一週間の内、半分くらい泊まってるって事か?」

「……いや。 思い出してみると、ほぼ毎日一緒だな……」

 

 それは『半』って言うのか?

 

「だからこそ、杏には家族と過ごす時間を大切にさせてやろうと思ってだな」

「……あいつの事だから、確実にお前を夕食に誘ったんじゃないのか?」

「お、朋也。 グラスが空いてるぞ?」

「たぷたぷ入ってんだろうがっ」

 

 こいつ逃げたな……

 俺と小僧の共通見解が生まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 美味い酒は……良く回る。

 それは酒自体がどうこう、じゃない。

 

「……オッサンさぁ」

「んだよ小僧。 早苗のパンツはやんねえぞ」

「言ってねえよっ」

「杏のが欲しいだと? 否! 断じて否だっ!」

「恭介もっ! お前何気に独占欲強いな!」

「だったら朋也、俺が渚さんの下着をよこせって言ったらどう思うんだよっ!」

「なんで切れてんだよ!?」

「なにぃっ!? 渚のパンツは俺様のものだぁぁぁぁ!」

「今度はオッサンかよっ! なんだよこれ! 馬鹿しかいねぇ!?」

 

 小僧のやつ、いいリアクションしやがるぜ……

 頭を抱えながら仰け反ってるその姿、いい芸人だ。

 っと、ビールが切れたか。

 よっこいせと立ち上がり台所へ向かうと、棗の土産袋が目に付いた。

 こいつ…… 焼酎にウイスキーまで用意してやがったのか。

 居間を振り返ると小僧と棗がじゃれあっていた。

 若けぇな、二人とも……

 いいぜ、たっぷりと付き合ってやんよ。

 

 夜も……未だ宵の口だ。

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