「雑魚寝ってさ、すっげえ楽しそうに聞こえないか?」

「聞こえない」

 

 とまあ、とりあえず恭介の妄言は一刀両断な感じで。

 しょぼーんとした表情が少しだけ可愛かなーなんて思ったりするけれど、この男に関してはあまり甘やかしちゃいけない。

 だからあたしは特にフォローも入れず、てきぱきと就寝の支度を整えるのだった。

 ベット、良し。暖房のタイマー、良し。目覚し、良し。

 明日も休みだとはいえ全員分の朝食はしっかりと用意したいし。

 それに鈴から頼まれてもいる。手軽に出来る料理を教えてほしい、と。

 勿論返答は二つ返事で。朝食を作りがてらあの子の要望にも応えてみせるとしますか。

 

「……あの子もだいぶ変わったわよね」

 

 ベットに入る前。あたしは鏡台の前で半乾きの髪を梳いていた。

 自慢の、とまでは誇れないが、そこそこ長い髪の毛は、こうした毎日の手入れが必須でもあり、それはあたしの慣習もある。

 櫛を通す度、滑らかになーれ滑らかになーれと念じたりは……うん、偶にしかしないけど。

 今晩は自身の髪質についての願望ではなく、客間に通した恋人の妹について想いを巡らせていた。

 鈴。恭介の妹。直枝の恋人。

 学生時代の鈴はもっと自分本位だった。身勝手、というほどではなかったけれどそんな感じだった。

 でも。今は。

 子供っぽさに変りはない。基本的な態度に違いはない。

 けれども変化していると思う。

 直枝の為に何かする。自分達の為に何かを考える。周囲の状況を受け入れようとする。ちょっとだけ未来を見据えている。

 具体例を挙げると些細な事例ばかりかもしれない。言葉に出すと軽く捉えられるかもしれない。

 それでも……あの子は道を歩んでいるのだと。あたしはそう思っている。

 

「妹大好きお兄ちゃんとしてはどうなの? そこんとこ」

 

 あたしは言葉を投げかけ、視線を鏡越しに恭介へ向けた。

 未だにへんにゃりしている彼の姿に言い様もない愛らしさを覚える。ってか凹みすぎでしょうに。馬鹿。

 普段は元気一杯で。自信にも満ち溢れていて。それでいて子供っぽくて。

 そんな自慢の恋人の、時折見せるしょんぼり顔は。

 あー、もう。

 ばか。ばかばかばか。

 

「いいわよ。別に」

 

 なんて。我ながら甘いなーと感じてしまえるわけで。

 馬鹿が纏っている残念そうな雰囲気を和らげてあげたくなって。

 

「もう少し暖かくなれば、ね。寒さで風邪なんて引かないぐらいの季節になったら……うん。春、とか」

 

 櫛を両手で握りしめて。膝の上に置いて。

 背筋なんかも伸ばしちゃったりして。瞳も閉じて。

 これ以上恭介の姿を見ることがないように、知覚できる情報をシャットダウンして。

 

「そうなれば必要以上に反対なんかしないから、さ」

 

 こんなフォローをしてしまうのだった。

 

「その時はだらだらまったりと。あんたとあたしと鈴と直枝で……夜通し、馬鹿話でもしましょ」

 

 結局。そんな思い描いた光景も楽しそうだなんて思えて。

 いつかきっとその通りな現実が訪れるんだな、と。漠然に、でも鮮明に確信していた。

 それにしてもホント恭介は妹のことが好きよね。

 成人男性が年頃の妹と一緒に寝たいだなんて……。

 ん? もしかして目的の相手は鈴じゃなくて直枝だったり?

 んー。

 ま、そうよね。親友同士なんだし。ありって言えばそれもありよね。

 でも……ん? んんん?

 なんだか引っかかるようで、気にすべきことではなさそうで。ヘンなわだかまりがあるようで、見当違いっぽいようで。

 首をちょこんと傾けて、生じた疑問に向き合おうとする、

 

 

 

 

 ことも、出来なくて。

 

「……恭介?」

 

 背後から回された恭介の腕が、あたしの動きを優しく封じ込めていた。

 

「なによ」

 

 ぶっきらぼうに、口先だけの叱りつけ。

 雑魚寝許可の言葉に元気を取り戻したのか。ありがとな、なんて。嬉しそうに口にする感激屋さん。

 ホント。ばか。

 たったそれだけで元気になっちゃってさ。ぎゅっと抱きしめてくれてさ。

 恋人としての付き合いもそれなりの長さだし。抱き合うのだって数えきれないぐらいだし。

 なんでもない当たり前の行為だと思ってるのかもしれないけれど。

 それでも。

 嬉しいじゃないのよ。ばか。

 

 

 

 甘いわね。あたしも。

 ……あたし達が、かな。

 

 

 

 

 

 

 

 年の瀬の寒い夜。

 あたし達はいつものように馬鹿をして。

 いつものように求めあって。

 

 

 いつものように、愛し合った。

CLANALI-AFTER STORY  第三十一話

「杏。お前もさっき言ってたけどさ」

「……ん?」

 

 感じるのは気だるさと温もり。

 彼の胸板に顔を埋めているあたしは、まどろみの中で答えた。

 

「鈴も……理樹も、変わったよな」

「……ん」

 

 成長したよな、という意図を言葉の端々から感じる。

 

「大丈夫、なんだよな」

「……ん?」

 

 なんだろう。なにがだろう。

 

「……よし。そうしよう」

「……んー?」

 

 なんか決めたらしい。

 

「やっぱ六月とかがあこがれなのか?」

「……んー。……ん?」

 

 ろくがつ?

 

「式は同時じゃなくても届けぐらいはその辺りにするとして、ん? どっちを六月に合わせるもんなんだ?」

「……ん?」

 

 しき?

 

「ま、どうでもいいか」

「……んー」

 

 どうでもいいらしい。

 まったく……。ばかなんだから……。

 

「おやすみ。杏」

「……おやすみー……」

 

 ねむねむ。

 おやすみ。恭介。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃないわよっ!」

「おわっ!? どうしたんだよ。突然起き上がったりして?」

 

 待て。

 待て待て待て待て!

 なんて言った? さっき、こいつはなんて言ってた!?

 大丈夫。六月。あこがれ。式。届け。

 ……どうでもいいか。

 

「いいわけないでしょっ! 嘘っ!? え、何っ!? なんなのっ!?」

 

 もしかして。もしかしなくても。

 プロポーズ? 人生初のプロポーズだったりした? さっきのが?

 寝ぼけ状態で? んー、なんてぼけぼけな相槌打って?

 

「……直し」

「直し?」

「やり直し……。やり直しよ! やり直ししろー! この馬鹿ーっ!」

「や、杏? 夜なんだからそんな大声で、」

「夢と浪漫と乙女の純情を返しなさいよ大馬鹿っ!」

「……何言ってんだ?」

「うっわ。うっわ。うっわっ!? やだこれなにこれ。あー! もーっ!」

 

 

 

 そんなこんなな年の暮れ。

 あたし達は本当にいつもどおりなやりとりで。

 

 

 もう一歩、足を踏み出そうとしていた。

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