そろそろ寝るか? という恭介の一言で僕達は腰を上げた。

 時刻も日付変更間近。鈴はあくびを噛み殺しているし、僕にも睡魔が忍び寄ってきている。

 藤林さんはまだまだ元気そうだけど、特に恭介の言葉に対して反論は無いようだった。

 僕達が使ったコップを台所へと下げる藤林さん。彼女の後を追うように、鈴も台所へと消えていった。

 聞こえてきたのは水の流れる音。コップを洗っているのだろうか。

 ……それにしても。

 

「どうした、理樹」

 

 ぼーっと台所がある方角へと視線を漂わせていた僕に、恭介が声をかけてきた。

 

「眠いのか?」

「違うって。なんだか藤林さんの行動を見てたらさ」

「見てたら?」

「なんか。もう既に新婚さんっぽく感じて」

 

 なんだよそれ、と。恭介は苦笑いで答えた。

 恭介の言葉を受けて、その後の展開を見越して。藤林さんは当たり前のようにコップを下げた。

 ただそれだけのこと。

 それだけのことだけど、空気というか、二人のリズムがというか。

 とても自然に思えたんだ。恭介と藤林さんの作り出していた空間が。

 

「お待たせ……って何してんのあんた達?」

「……馬鹿二人だな」

 

 台所から戻ってきた藤林さんと鈴が、それぞれ疑問符と共に脱力している。

 視線の先には僕と恭介。

 妙に照れた恭介によってヘッドロックをされている僕であった。

CLANALI-AFTER STORY  第三十話

『それじゃあ四人で一緒に寝るとするか!』

『うるさい黙れっ』

『うわぁ、なんだか懐かしいや。鈴のハイキックが恭介にヒットするところ久々に見たよ……』

 

 なんていう通過儀礼も終わり、僕と鈴は客間にいた。

 部屋割は至って単純。僕と鈴、恭介と藤林さんの二組。所謂恋人別といった感じだった。

 恭介は最後まで四人一緒の部屋を希望していたけれど、鈴キックと藤林さん圧力というコンボに膝を屈していた。

 

『どうしてだよ……納得いかねえよ……っ』

 

 と慟哭していた恭介。全力を発揮する場所を間違えている気がした。

 そうは言っても、実は僕も驚いていたりする。

 てっきり寝るときの組み合わせは男同士女の子同士になるものだとばかり考えていたからだ。

 別に恭介と一緒に寝たいんだーなんて意見は微塵もないんだけれど、単に組み合わせが意外だったんだ。

 でも、藤林さんはそれで当然っていう顔をしていたし、鈴も少しだけ顔を赤らめているだけだった。

 ちなみに鈴のその表情は、仕方ないな……特別に許してやる、と心の中で思っている時の顔だ。

 比喩ではなく本当に毎日一緒に暮らしている僕らは、いつしか表情に隠された内心すらも想像出来るようになっていた。

 だから。鈴のそんな顔を見てしまったら、

 

「……電気、消すよ?」

「……うゆ」

 

 反論なんて出来ないわけで。

 僕達が暮らす部屋とは違う他所様の部屋で、僕と鈴は一緒に眠ることになった。

 

 

 

 

 

 

 寝苦しいという言葉は、合っているようで間違っているようで。

 電気を消してからも、僕はしばらく眠れなかった。

 この家の客間に問題があるというわけではない。寧ろ僕達が住んでいる部屋とは比べようもないほど綺麗だった。

 部屋が違うという単純な理由からかもしれない。

 久しぶりに恭介達と楽しんだ余韻からなのかもしれない。

 でも、きっと違うんだ。安心して眠れない理由は……もっと情けないものなんだ。

 

「……理樹。寝てるか?」

 

 と。もやもやした思考を遮ったのは鈴の声だった。

 僕が寝ている布団から離れること数十センチ。隣の布団で寝ている鈴からの声だった。

 

「……うん。寝てるよ」

「……随分と斬新な寝言だなそれ」

「ごめん。起きてる」

「知ってる」

 

 暗い部屋。囁き声の応酬。

 小棚の上に置かれたデジタル時計のLEDだけが、暗闇に薄っすらとした赤色を滲ませていた。

 

「鈴も眠れないの?」

「そんなことない」

「そう?」

「……でもない」

 

 もしかしたらと。鈴の声に含まれている感情を察する。

 僕と同じ気持ちなんじゃないのかな、と。

 

「こっち、来る?」

「……行ってやらない、こともない」

 

 布擦れの音。布団から這い出たのだろう。

 軽く息を呑む声。立ち上がったけれど、暗くてバランスが取れなかったのだろうか。

 近づく吐息は思っていたよりも低い位置から。四つん這いでの移動を選んだみたいだ。

 そして、

 

「いらっしゃい、鈴」

「ん。苦しゅうない」

 

 僕は掛け布団を捲って、その中へと鈴を誘った。

 甘い匂いが鼻を突く。普段嗅ぎ慣れている、心落ち着く鈴の香りだった。

 仰向けになっている僕の胸元に横這いとなった鈴の頭が乗る。互いの体温を分け合うように、ぴったりとくっついて。

 これが僕と鈴の当然な姿。眠れずにいた僕達が求めていた、安心という名の同衾。

 甘えるような鈴の体勢に、僕こそが甘えているのかもしれなかった。

 やがて訪れるまどろみ。

 

「そういえば、小毬ちゃんからメールきてた」

 

 縮められたと感じる時間の海で、鈴はぽつりと語った。

 

「元気みたいだ」

「そうなんだ。……学校は?」

「楽しいよー、って書いてある。いつも」

 

 料理関係の学校へと通っている小毬さん。

 鈴は頻繁に連絡を取り合ってるようだけど、僕はかれこれ数か月ほど会っていなかった。

 そうか……小毬さんか……。

 

「鈴、そのうち小毬さんと……みんなと会いたいね」

「……ん。あたしもそう思ってた」

 

 ちょっとした願望。これからのこと。

 この日は体を重ね合わせはしなかったけれど、僕達の寝物語は甘く蕩っていた。

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