「理樹、あたしの部屋からこんなものが出てきた」

「鈴? えっと…… 漫画?」

 

 今は授業の間にある短い休み時間。

 席に座っている僕に鈴が差し出してきたのは、一冊の漫画本だった。

 あいつの忘れ物だと思う、と。

 確かにそこに題されているタイトルには見覚えがある。

 ……これは、恭介がお気に入りだった漫画のはずだ。

 

「理樹にやる」

「いや、やるって言われても……」

「邪魔だ」

 

 邪魔って…… 本の一冊ぐらい仕舞っておけると思うんだけど?

 

「実は部屋に全巻揃って置いてあった」

「気付こうよっ!?」

「あたしもびっくりだ」

 

 いやいやいや。

 毎日暮らしてる部屋なんだから、もう少し…… あ、もしかして……?

 

「本格的に片付けを始めたの?」

 

  ちりん

 

 返事は鈴の音。

 実は今、鈴の部屋は荷物の量が凄い事になっていた。

 恭介が卒業する時、『これも使え』『あれも使えるだろ』、と様々な日用品を鈴に譲ったのがその原因。

 『お前も要らないと思うんだったら、友達に譲ってやればいいさ』

 自分自身新しい生活を始める恭介。 それなのに生活必需品まで鈴に譲ろうとしたらしい。

 鈴も威嚇しながら『こんなにいるかぼけーっ!』と反論してたけど、結局かなりの荷物が増える事になった。

 

「昨日は小毬ちゃんにゆたんぽをあげた」

「またえらく渋い選択だね……」

「無茶苦茶喜んでたぞ」

 

 なんとなく納得。 ま、小毬さんだし。

 ……と、そうだ。

 

「鈴」

「ん?」

「夜にでも手伝いに行くよ。 まだまだたくさんあるんでしょ? 荷物って」

CLANALI-AFTER STORY  第二話

 ひそひそ……

  ひそひそ……

 

 ……クラスメイトの視線とヒソヒソ話が僕に刺さってくる……

 それもこれも、ほんの数分前のやりとりが全ての原因だった。

 

 

 

 

 手伝いの打ち合わせをしていた時、まるで思い出したかのように鈴が質問してきた。

 

 『ふたりで……か?』

 『勿論そのつもりだけど?』

 

 その返事がまずかったのか。 鈴は顔を赤くして睨むだけ。

 なんとも不可解な鈴の反応だったけど、次の一言で様々な認識ががっちりと組み合わさった。

 

 『なんか…… えっちぃな』

 

 同級生の女子生徒の部屋に訪れる男子生徒。

 時間は夜。

 お互い好ましく思っている……はず。

 そんな状況といえば……

 僕もいたって健全な男だ。

 それなりの雰囲気を想像してしまい、顔が赤くなる。

 鈴はそんな僕の内心を見透かしたかのように、

 

 『理樹も…… えっちぃ顔してる』

 

 なんて嬉しそうに、──と言うのは僕の願望か──、上目遣いで言葉を漏らした。

 やばかったです。

 その時の鈴のはにかんだ表情といい、その身に纏っている空気といい。

 もう、ホントやばかったです。

 なにがやばかったのかと言うと、何故か自分の言葉ですら敬語で思い出したくなるほどの可愛さでした。

 問題は僕の限界。

 それは突然訪れた。

 

 『ボドドドゥドオー!!』

 『うわっ!?』

 

 理樹が壊れたっ! なんて言いながら鈴が僕から距離を置く。

 色々な意味で地味に凹んだけど、お陰で落ち着きを取り戻せた。

 でも、時既に遅し。

 僕の内面から解き放たれた魂の叫びを聞いた面々は……クラスメイト達は、珍妙な生き物をみるかのような目で僕を見ていた。

 

 

 

 

「とりあえずくるがやでも呼ぶか? それとも医者の方がいいか? 保健室行くか?」

「ごめん、どれも勘弁して。 ちなみに最初に来ヶ谷さんの名前が出たのが凄く気になるんだけど聞くの怖いからやっぱいいや」

 

 やっぱり何人かに声をかけてみるね。

 そんな言葉が出てきたのは色々と自重するべきだという結論に達したから。

 あくまでも平常心を振舞いつつ、僕は席を立った。

 ジュースでも買ってきて少し頭を冷やそう。

 ……小毬さんにクド?

 席から廊下へ出る途中、小毬さんの席にいた二人と目が合った。

 ……二人までそんな可哀想な目で僕を見るんだね……

 

 

 自販機がある外にまで出ると、途端に生徒の喧騒が遠くなる。

 季節は春。

 始業式を終えてから数日しか経っていない今の時期は、本当に過ごしやすい麗らかな日差しが陽だまりを作っている。

 和やかな気分を多少なりとも取り戻し、ポケットから財布を出そうとしたその時。

 そこで初めて、恭介の置いていった本を持ったままだという事に気が付いた。

 

 もう、恭介は……この学校にいない。

 

 僕は立ち止まり、本の表紙に目を落とした。

 なんだか、懐かしい。

 でも、寂しいだけじゃない。

 恭介も頑張れるように……

 ……僕も、頑張れる気がする。

 

 

 

 そんな想いに耽っていたからか。

 

「あれ? 直枝君もそれ読むんだ?」

 

 声をかけられるまで、隣に近づいてきていた女子生徒の存在に気が付かなかった。

 咄嗟に反応出来なかった僕へのフォローなのか、その子は僕が手にしている本に視線を向けながら、

 

「それそれ、その漫画。 『学園革命スクレボ』。 面白いよねっ」

 

 と、子供のように声を弾ませる。

 でも、結構意外かも。

 それが彼女の言葉の続き。

 そこまで言葉を聞いて、ようやく僕も返事を声に出すことが出来た。

 

「僕のほうこそ意外だよ。 漫画読むんだ? ……朱鷺戸さん」

 

 

 これが、僕と朱鷺戸さんとの出会い。

 クラスメイトとしてではなく、直枝理樹という個人としての出会いだった。

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