「あれ? なんだよ、久しぶりじゃん」

「はあ。何処の何方か知りませんがナンパなら間に合ってますんでさようなら」

「おいおい僕のこと忘れたのかよ……ってホント躊躇いなく立ち去るんですねアンタ!」

「ああ? 喧嘩なら熨斗つけて買うぞ?」

「ひいっごめんなさい……じゃなくて、僕だよ僕!」

「んー?」

 

 夜道。コンビニで好物のアイスを買った帰り道。

 家では暖房が利いていた。好物のアイスが欲しくなった河南子だったが、外へ出た途端に購入意欲は減退した。

 それでも折角あいつがくれた小遣いだ、200円とはいえ使わねば。という意志の元、二人分の棒アイスを購入する。

 真冬の夜空の下、とっとと帰ってあいつを弄りながらアイス食べようと考えていた河南子。

 その河南子の前に、黒髪のちゃらい男が声をかけてきた。

 よくあるナンパと思い適度に凄みを効かせてみると、その男はどこか記憶にある表情を見せてきた。

 

「あんた……」

「そうそう。思い出した? 河南子ちゃん」

 

 記憶を検索する。やがて河南子は得心したようで、満面の笑みでの一言。

 

「なんかげっとだかげっちゅだかって指さす芸人さんですよねー。営業回りですか?」

「違うよっ! 微妙に懐かしいうえに例えられて嬉しいような心底悲しいような人間違いですよねそれっ!?」

 

 黒髪の男、春原陽平は近所迷惑な声の大きさで自己の存在アピールを繰り広げていた。

 CLANALI-AFTER STORY  第二十六話

「あんたって髪の色黒かったっけか? 何? 生まれ変わったの?」

「そうそう気軽に存在の不思議な人間にしないでくれるかなー。染めてたの。昔は」

「で、戻したの? それ」

「そうだよ。会社勤めの社会人になって金髪じゃどうしようもないしね」

「ふーん。何年バラエティーやってんだか」

「君も変わらないよね……」

 

 苦笑いで河南子の言葉を受け流す春原。

 久しぶりに出会った二人は懐かしさを含んだやりとりを続けていく。

 

「何? そっちはまだ智代の弟と続いてんの?」

「智代先輩の弟じゃねーっての」

「そ、別れたんだ」

 

 出会いと別れ。いつまでも当時のままではいられないということぐらい春原にだってわかっていた。

 春原は記憶の中にあった鷹文の姿を思い出しながら、変な事聞いちゃったなーと少しだけ後悔する。

 

「あたしの恋人は、かっこいい智代先輩の可愛い可愛い素敵な後輩が仕方なく面倒みてやってる鷹文だっつの」

「鷹文じゃんっ!」

 

 無駄に遠まわしな人物説明だった。

 

「メインがちげーの。素敵美少女の河南子さんが主役に決まってんでしょーが」

「美少女って自分で言うかよ普通。そもそも少女って年じゃ……すっげー美少女が歩いてるよねっうんっ!」

 

 河南子の視線を感じ取った春原は己の意見を営業マン的な速度で切り離し、澄み渡った星空に視線を向ける。

 それにしても、と春原は思った。

 河南子のように変わらない奴もいれば、朋也のように変わった奴もいる。

 変わったと言っても人間が、ではない。実際朋也は何も変わってはいなかった。

 子供が出来たと聞いた時は、朋也と渚が遥か遠くの世界にいってしまったかのような気がした。

 しかし、彼ら自身の口からでた言葉を聞いた時、春原はなんとなくわかったのだ。

 変わるもの。変わらないもの。変わるはずのないもの。変わるべきもの。

 それらが同時に存在しているのだという事を。

 

「なに黙ってんの」

「なんでもないよ。ちょっと朋也達のことを思い出しててね」

「あ? 会ったの?」

「昨日ね。年始の挨拶ついでにさ」

 

 春原と仁科と杉坂。彼らは先日岡崎宅へと顔を出してきた。

 そこでは和やかな正月の風景があった。おせちをつまみ、酒を飲み、談笑を交わす。

 変わりゆく、変わらない時間だった。

 

「結婚したんだよねーあの二人。早いもんだーねー」

「それどころか妊娠してるよ渚ちゃんは」

「まじで?」

「まじで」

 

 ふへー、と言葉にならない感想を漏らす河南子だった。

 少ししか年の離れていない同年代の知り合いが親になる。その事実をどのように受け止めているのだろうか。

 河南子や鷹文は、そう頻繁に朋也達と会っているわけではない。

 それでも同じ町に暮らす住人だ。彼らが仕事をしている場面に出くわす事だってあった。

 そんな彼らが、本当の意味で、遠くへと旅立ってゆく。

 

「不思議な感じだわ」

 

 それが、やっとの思いで口にした、河南子の言葉であった。

 

「次はお前達だったりして」

 

 春原が軽口を投げる。

 

「いんやー。どうだろ。とりあえずまだまだ予定もないし、想像もつかないや」

「予定とか、そーゆーのじゃなかったっぽいけどね」

「どゆこと?」

「……好きな人の為に一所懸命生きてたら、いつの間にか父親になってたんだって、さ」

 

 父親になるってどんな感じか、と。

 春原が問いかけた質問に対する朋也の答え。それが先ほどの言葉だった。

 親友の言葉は春原にとって、安心をもたらす言葉であり、尊敬に値する言葉でもあった。

 

「いつの間にか、ね。そんなもんなのかなー」

「なんじゃん? 僕にはまだの話だから本当の意味での理解は難しいけどね」

「雰囲気だけなら次はあの人かなーなんて思ったりしてたんだけど」

「あの人?」

「そ。ほら、昔よくあんたを叩きのめしてた人」

「智代?」

「や、そっちは蹴り飛ばしてた方。そーじゃなくて、投擲ってゆーか殲滅ってゆーか」

「おーけー。誰だかは見当がついたよ。にしても嫌な人物照合の仕方だよね……」

 

 肩を落とす春原への気遣いはさておいて、河南子は話を続ける。

 

「この前、つっても年末か。あの人とばったり会ってさ」

 

 河南子が語った彼らの近況。

 春原はそれを聞いているうちに、そのうちまたあの頃の仲間達と会ってみたいな、と考えるようになっていった。

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