「あれはないわね」

「真人くんは乙女心をフェムトも理解出来ていないよねー」

「千兆分の一ですか。言い得て妙ですね」

「ちなみに恭介はピコ程度理解してると思うわ」

「一兆分の一か。似たりよったりだな」

「よくわからんが馬鹿だらけってことだな」

 

 呆れの言葉が紡がれていた。

 あやは溜息と共に。葉留佳はどこかで仕入れた単位をもって。西園はその言葉を補足しながら。

 杏は他人事と思えずに。智代は何故か冷静に。そして鈴は当然だと言わんばかりに。

 

「……わふ」

 

 男性陣に引き倒されている真人へと視線を流しながら、クドリャフカは手にした紙をくしゃりと握りしめていた。

CLANALI-AFTER STORY  第二十三話

「みなさん。一体どうしたんですか?」

 

 クドの周囲に集まっている女性陣の元へ心配顔の早苗が近づいてくる。

 先ずはこちらを、と秋生が買ってきた猫缶を鈴へ渡した後、早苗は事の中心であろうクドリャフカも正面へと回りこんできた。

 小さい子供をあやすよう両膝を折り、彼女の視線と同じ高さで声をかけた。

 

「能美さん……」

 

 話かけようとした早苗は濁すように口を噤む。

 どうしたんですか、なにがあったんですか、と続けるつもりであった声が緩やかに宙へと消えていった。

 目の前にいる彼女、クドリャフカの瞳に僅かな揺らぎと微かな耐えを見たからだ。

 悔しさと憤慨と行き場の無い想い。それらは小さな体躯に押し込められ、溢れんばかりに滲んでいる。

 すっと寄り添ってきた来ヶ谷が、クドリャフカの手に握られていた紙を引き抜く。

 そのしわがれた紙を、早苗にも読めるよう両手で優しく広げていった。

 そこに書かれていた言葉は──

 

 

 

 

 

『──は──に対し、自分では絶対に言わないような言葉でプロポーズをする』

 

 

 

 それはあくまでも単なる罰ゲームのネタの一つでしかなかった。

 例えばそのネタを引いたのが朋也や恭介であれば、とてつもなく甘い言葉か無駄に芝居がかった口調で乗り切るだろう。

 もしも女性が引いたのであれば、それはそれでおかしな方向に盛り上がったのかもしれない。

 所詮はゲーム。相手が誰であろうと流すように事を終えさせる事が出来たはずだ。

 だが、今回はあまりにも対象者と被対象者との組み合わせが悪かった。

 言葉を伝える者が真人。言葉を受ける者がクドリャフカ。

 始めは周囲も気にしなかった。

 どうせ筋肉な言葉で濁すんじゃないのか、とタカをくくっていたのだ。

 ごく一部の者達の予想では、指示されている部分を期待し彼らしくない一面が見られるのではとも想像していた。

 そんな言葉を受けたクドリャフカの慌てぶりや頬染めな表情を期待して。

 様々な思惑を一身に浴び、真人がクドリャフカの正面に立つ。

 彼が纏っているのは普段では感じられない真剣味。

 彼女が纏っているのは淡い期待と、えまーじぇんしーですーっという目に見てとれる焦りぶり。

 ごくり、と喉を鳴らしたのは誰であったのか。

 やがて彼の口から『自分では絶対に言わないような言葉』が紡がれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ええと、それは彼が内容の意味を勘違いしているだけ……なのでは?」

「それは大いにありえると私も思う。だが古河夫人、それだとしてもあの駄男が口にした言葉は、」

「はい。能美さんがショックを受けてしまうのも頷けますね」

 

 うむ、と。早苗の意見をその通りだと受け止める来ヶ谷であった。

 来ヶ谷は男性陣に取り囲まれ叱咤されている真人に目を向ける。

 まったくあの男は、という意味合いを込めた溜息が脱力と共に零れていった。

 あの瞬間、来ヶ谷は来ヶ谷なりに真人とクドリャフカにおける関係の展開具合を静かに待ち望んでいた。

 傍目には仲良しな二人組。だが結局のところ仲良しでしかない二人組。

 そんな二人の転機にでもなれば、と。

 しかし彼の言葉は……。

 

 

 

 

『悪ぃクー公。俺、こんなの無理だわ。やっぱ俺達ってさ──』

 

 

 

 ──恋人って言うよりも、『親娘』って感じだろ?──

 

 

 

 

 

 それが彼の言葉、彼にとっての結論であった。

 そして彼女は言い返してしまったのだ。そんなこと言われたくはないのですっ! と。

 どこまでが本心で、どこが勘違いなのか。

 どこまでも本心で、どこにも間違いはないのか。

 

「なぜだかとっても、我慢できねーのです……」

 

 そんなことを、言われたくなんて、なかった。

 クドリャフカの心には、ただそれだけが渦巻いていたのだった。

 

 

 

 言葉足らず。羞恥心。場のノリ。言葉の勘違い。

 なにをどう掛け違えてしまったのか。

 確かな事は、一度間違えてしまったボタンの掛け違いはもう一度外さないと修正できないということ。

 一つ一つ、はじめから。

 

 

 

 だが、ここに例外がいる。

 ちまちまボタンを直さなければならないのならば、いっそひと思いにはち切ってしまおう。

 言葉、道理、過程。

 それらを全て断ち切って、そのうえであるがままの自身を感じ取らせようと。

 それが筋肉。ならば筋肉。

 

「クー公。もっかいだけいいか?」

 

 再び真人がクドリャフカの前に立つ。

 ……彼にとって筋肉という単語は、そのままの意味なだけではない。

 生き様、在り様。

 それを筋肉という言葉でしか言い表せられないだけなのだ。

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