「やったぁ! 大富豪だぁっ!」

「やるわね芽衣ちゃん。お兄さんとはえらい違いね」

「一言余計なんですけどっ!?」

 

 開始された大富豪大会。

 早速トップを獲得した芽衣に称賛を贈る杏だったが、春原を弄る事も当然のように忘れてはいなかった。

 

「うしし。ではでは最初の一枚失礼しますねー」

 

 なんとも親父臭い笑い声と共に罰ゲーム用の箱へと腕を伸ばす芽衣。

 がさごそと箱の中で手を動かしていたが、やがて、とりゃ-という声と共に一枚の紙を引き抜いてきた。

 全員の視線が芽衣の持つ紙切れに集中する。

 

「何々……。うわ」

 

 顔をしかめた芽衣の反応に、いきなりなんか来たのか、と不安を含んだ緊張が走る。

 罰ゲームの文章を読み終えた芽衣が、申し訳なさそうに内容を口にしだした。

 

「えーとですね、『平民全員、浴衣の帯を緩める』です……」

「春原あんたっ!」

「違いますよっ!? 僕じゃないですからぶたないでー!」

 

 最初から下心満載なネタだった。

 帯を緩めるという事は、即ち浴衣の防御力が著しく低下することに繋がる。

 誰しもが「これは……」という空気を纏っているその中で、来ヶ谷だけが目を爛々と輝かせていた。

 どう見ても犯人は彼女であった。

 

「さぁさぁ。平民は誰かね? 小毬君か? それともクドリャフカ君か? おねーさんが手伝ってあげよう」

「わふーっ。違います! 私は小平民なのです!」

「む。では誰が私の眼を満喫させてくれるのだ?」

 

 おずおずと手を上げ始める平民達。

 

「……まぁ、これはこれで」

「えっ!? 西園さん的には満足なのっ!?」

 

 手を上げながらのつっこみを入れているのは理樹であった。

 そして、現在手を上げている平民達、所謂来ヶ谷様の命令文書の拒否権を持たない哀れな者共は、

 

「「「「……」」」」

 

 全員が全員男達であったりする。

 そのまま無言で帯を緩める野郎共。……無駄にセクシーなメンズ達がこの場に現れることとなった。

CLANALI-AFTER STORY  第二十話

「っしゃー! 俺様大富豪だぜ! 筋肉箱を寄こしなっ」

「この箱、筋肉で作られていたなんて、とてもとてもびっくりなの」

 

 念願のトップを獲得した真人は、罰ゲーム箱を持ちながらきょとんとしていることみに向かってサムズアップをする。

 誰かがことみにつっこみを入れなければ、彼女は純真に真人の言葉を信じてしまうのだろう。

 勿論そんな事はなく、同時に複数のつっこみが届いて事なきを得たのだが。

 

「ついにこの時が来たぜ。全員スクワットの準備はいいか?」

「良くないから早く引いてくれ。それと井ノ原、少しはパンツ隠せ」

 

 何気に冷静な朋也だった。

 彼自身下着チラリズムの餌食になっているのだが、それに関しては半ば諦めているようだった。

 それでも、ちらちらと視線を送ってくる渚の赤ら顔には照れを隠せてはいない。

 

「……っ! 見えたっ、これだぁーっ! ……『大富豪は暫く壁とでも話してろ』ってなんじゃこりゃーっ!?」

 

 握りつぶした紙切れと共に自らの髪の毛を掻きむしる真人。

 

「大変だ。あれでは紙が切れてしまうぞ」

「もしもし智代ちん? 今の言葉は『髪』でいいんだよね? 心配してるのは真人くんの髪の毛だよね?」

 

 ん、何の事だ? と答える智代の素の表情を見た葉留佳は、やはりこの人は侮れないっス、と不思議な感情を抱いていた。

 

「よし。次のゲームに移るぞ」

「手前ぇ謙吾。少しは俺を慰めてくれてもいいじゃねぇかよっ!」

「真人。壁はそっちだぞ?」

「頑張ってね真人。忘れなければ応援してるよ僕も」

「井ノ原さんっ。襖と外壁側、お話しするのはどちらがいいでしょうか?」

 

 温かくも容赦のない面々であった。

 

 

 

 

 

 

「なぁ直枝。俺達何やってるんだろうな」

「え? 小指相撲だけど……」

「それは知ってる」

 

 朋也と理樹は『指相撲五番勝負』を行っていた。

 親指から始めて順に使用する指を変えていくという、なんとも盛り上がりのない勝負であった。

 

「薬指相撲が大変でしたよね」

「ただ単に互いの指先を捏ね繰り回していただけだった気もするけど、なっ!」

 

 最後は朋也が理樹の小指を押し倒して終了。観客すらいないのが切なさを後押ししてくる。

 そんな彼らの周囲では様々な状況が生まれていた。

 ツインテールになっている来ヶ谷。その姿はあまりにも少女であった。

 前後逆に浴衣を着ている小毬。動きにくいのか常に半泣きだった。

 秋生はモンペチを買いに出かけこの場にはいない。妻である早苗は膝枕に乗せた芽衣の耳掻きをしている。

 智代は鼻眼鏡を装着し、杏はクドリャフカを背負っていた。ちなみにクドの話声は全て『わんわん』だった。

 真人は開始二戦目からずっと壁に語りかけていた。しかも正座で。ほぼ壁と同化している。

 なんとも奇怪な大部屋だ。

 しかしながら当初の目論見はある意味で成功しているとも言えた。

 ゲームの回転率が高いのだ。

 大人数で大富豪を行うと、一人一人に配られるカードの枚数はとても少ない。

 更に敗者から勝者へ強カードを献上するというルールを廃した事も、ゲーム数をこなす事に一役買っていた。

 ……その分、ありとあらゆる罰ゲームが行われてきたのだが。

 

「久々に俺が大富豪か……。渚、箱を取ってくれ」

「はい。朋也くんどうぞ」

 

 理樹との小世界な格闘を終えた朋也。次なる罰ゲームの命運は彼が握っていた。

 おかしなの来るなよ来るなよー、と念じながらのネタ引き。

 意を決して取り出したその紙に書かれていたのは……。

 

「『大富豪はエプロンを装着してオタマを持って、はにかみつつ振り返りながらおかえりなさいと言う』って、はぁ!?」

 

 あまりにも具体的、かつ趣味嗜好の塊な内容であった。

 なんと。岡崎さんが直撃ですか、とは未だにダメージを受けていない西園の言葉だ。

 

「いえ、狙いのシチュエーションは恭介さんにやってもらいたかったのですが」

「俺かよっ!? なんでだよ!」

「皆さん、想像してみてください。恭介さんが満面の笑顔……ではなく。恥ずかしがりながら、はにかんで、」

 

 おかえり。と振り返る姿を。

 

「……はい。主に女性陣の反応から察するに十分アリだと再確認出来ました。いえ、深い意味はありませんよ?」

「わふ? 杏さん? お顔が真っ赤ですが」

「や、ちょっと思い出しちゃって……」

「わふーっ!?」

「クーちゃん!? 茹ってる! 茹ってるよクーちゃん!」

 

 杏の呟いた武勇伝は、彼女の背中にいたクドリャフカにしか聞こえなかったらしい。

 ぽわんぽわんになってしまったクドを介抱する小毬は右往左往するばかりであった。

 

「で、これを俺がやるのか? マジで?」

「ルールは守らないといけないの」

「でもなぁことみ。誰も俺のそんな姿を見たいなんて思わない……なんだお前ら」

 

 じわり、じわりと。

 渚、智代、ことみ、芽衣、そして早苗による朋也包囲網が狭まれていった。

 絶対に逃がさない、と。

 

 

 

 

 

 

 

「朋也さん……漢でしたよ」

 

 この日、理樹は漢を見た。

 畏れ、敬い、自分は絶対にああはならないぞ、と。

 羞恥に悶え転がり続ける朋也を憐れみつつ、理樹はそんな事を考えていた。

 だが、現実は優しくもなく。

 

「やはは。今度ははるちんが引く番ですネ。……んと。あー、ちょいと理樹くん?」

「なに? 葉留佳さん」

「今回の富豪さんは理樹くんだったよね?」

「うん。そうだけど……?」

「ちょっと立ち上がってもらえるかな?」

 

 葉留佳の頼みに疑問を抱きつつ、理樹は素直に立ち上がる。

 そして葉留佳は声高らかに罰ゲームの内容を読み上げた。

 

「『大富豪は富豪の浴衣の帯を殿様回しする』っ!」

 

 部屋の中の空気が変わった。

 そこにいる全員の視線が理樹へと注がれる。妙に熱っぽい視線が。

 

「あ、あれ? みんな……? あ、あははは」

「いかんな少年。そこは『あ、あれ?』ではなく、『あーれー♪』と言うべきだ」

「そうだよ理樹くん。よいではないか♪」

「リキっ。よいではないか♪」

「直枝さん……よいではないか」

「ちょっ、みんな、近い、近いよ?」

「理樹」

「理樹くん」

「鈴……朱鷺戸さん……」

「「脱げ」」

「直球すぎるよねそれっ! ……って、あーーー」

 

 れーーー。

 

 

 

 そんな、どうしようもない夜が更けていった。

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