「夏の日差しは堪能した! 広い海で泳いだ! 旅館の飯も食った! 露天風呂でのドキドキイベントも終わった!」

「この後俺達を待っているのはなんだ!? 今回の旅行でやらなければならい大切な事、それはなんだ!?」

 

 絶好調な二人だった。

 似た者同士な浴衣姿の男二人、秋生と恭介は、揃いも揃って遊び心満載な力説を繰り広げている。

 彼らは男性用と女性用、二つの部屋を仕切る襖を全開にして、大きな一部屋を作り上げていた。

 ご飯も食べてお風呂にも入って後はまったりだね、という空気に対し全力で抗っている馬鹿二人だった。

 

「ね、ねぇ朋也さん」

「ん? どうしたんだ直枝?」

「露天風呂でのドキドキイベント、なんてあったっけ?」

「知らねえよ……」

 

 疲れ切った表情で理樹に答える朋也だった。

 それもそのはずだ。男連中で入った露天風呂では、なんとも濃密な入浴の時間を過ごす羽目になったからだ。

 具体的に言うと……野郎共、輪になって互いの背中流しエンドレス。

 朋也の前にいたのは無駄に背中が広い真人。朋也の背を流していたのは無駄に気合が入っていた謙吾。

 馬鹿によるサインドイッチ状態であった朋也は、自分が思っている以上に体力を消耗していた。

 

「少なくともドキドキを感じるイベントじゃなかったことだけは確かだったな」

「そうなのかね? 女風呂ではドキドキどころかグヘグヘとした世界が広がっていたのだが。うむ、満足満足」

「来ヶ谷さん、すっごく肌が艶々してるね……」

 

 二人の会話に入ってきた来ヶ谷。

 彼女の肌の張りを見た理樹は、女風呂で来ヶ谷が堪能したであろう幸せを理解してしまった。

 どれだけ楽しんだの来ヶ谷さん? と。

 

「岡崎氏よ。君の友人達は皆が皆特上レベルだったぞ。安心して想像するがいい」

「何をだよ何を」

「無論。ナニをだよ青年」

「ごめんなさい朋也さん。ホントごめんなさい」

 

 何故か責任を感じている理樹が代わりに謝罪。

 

「なにも少年が謝る必要などないのだが……。さあさあ、少年も存分に妄想したまえ」

「しないからっ」

「何? 妄想しないだと? では……はっ! 少年は昼間に凝視した私の痴態を思い出しているのかねっ?」

「いやいやいや」

「いかん。それはいかんぞ少年。流石の私でも羞恥心というものがだな……うん」

「来ヶ谷さん? そんなに照れるのなら無茶して僕を弄らなくてもいいんだからね?」

 

 ともあれ。宿にて過ごす一夜はこうして始まりを告げた。

 修学旅行っぽいおかしなそのノリは、この場にいる全員を巻き込み、どこまでも加速していった。

CLANALI-AFTER STORY  第十九話

「はいはーいっ! だったらはるちんはトランプがしたいですーっ」

「ええー。もっとアダルトなゲームしようよ。王様ゲームとかさ」

「春原……アンタほんとに駄目ねぇ」

「どーして杏にそんな憐みの視線を向けられてるんでしょうね僕はっ!?」

 

「はい。ことみちゃん。好きなの食べてね~」

「小毬ちゃん、ありがとうなの。……凄いの。小毬ちゃんのお鞄、お菓子でいっぱいなの」

 

「そうなのですかっ! 渚さんは岡崎さんと、どどどどど、どーせいされていらっしゃるんですかっ!?」

「能美さんっ、そんなに驚かれると、少し恥ずかしいです……」

「わ、わふー。あ、あだるてぃー……なのです……。渚さんっ! 師匠と呼んでもいいでしょうかっ?」

 

 わいわいがやがや。

 ほぼ全員が思い思いに談笑を楽しんでいる。中央にいる恭介達を見て見ぬ振りして。

 いつもと変わらない会話。久々に会った人との会話。

 昼間の出来事を。お互いの現状を。

 何の目的もないこの時間は、どのように使ったとしても飽きが来ることはなかった。

 しかし、それだけでは納得のいかない人物もいた。

 

「てめーら! 俺様達の相手をしやがれーっ!」

 

 広間の中心で寂しさを叫んだ秋生だった。

 

 

 

 

 

 

「案の挙がったネタを合体させた魅惑のゲームがこれだ! あ、すみません古河さん。そっち持っててください」

「っと、これでいいか恭介?」

「ありがとうございます。ってなわけで皆の者、注目!」

 

 どたどたどたー、と恭介は秋生の傍から離れていく。

 二人の間で、巻かれていた大判の画用紙が広がっていった。

 

「少し静かだと思ってたらあんなの書いてたのかあいつらは」

「恭介さんはあの手の演出がお好きですね。妹さんとしてはご自慢のお兄さん、といったところでしょうか?」

「みお。あたしはその言葉で深く傷ついた」

「それは大変恐縮です」

「読んでくれよお前らも! お願いですからっ!」

 

 何気に酷い鈴と西園に対し、恭介は半泣きでのつっこみをいれる。

 

「えーと、『王様の言うことは接待。貧民なめんな大富豪。大会』?」

「朱鷺戸さん。すまないが日本語で言ってもらえないだろうか?」

「あたしは書いてあるとおりに読んだだけよっ! 坂上さんこそ自分で読んでみてよ!」

「眼鏡は鞄に片づけてしまったんだ」

「え、嘘? あなたそれだけじゃなくて眼鏡属性まで持ってたのっ?」

「属性……?」

「ごめんなんでもないあたしが悪かったです忘れてください」

「そうか? なら忘れよう。それにしても朱鷺戸さんは面白い反応を返してくれる人だな」

「何よ。可笑しいんでしょ? 滑稽なんでしょ? だったら笑えばいいじゃない、あーっはっは、」

「いや。とても可愛いなあなたは」

「……っ! うわ、反則だわそれ。坂上さん。あなたのその無防備な笑顔、とんでもない攻撃力ね」

 

 新たに広がっていく交友関係。

 あやと智代は互いに柔らかな含み笑いを浮かべ、今更だけど、と自己紹介を交わし合っていた。

 中央に立っている恭介はそんな二人を視界の隅に留めつつ、微かににやりと頬を上げていた。

 

「でだ。具体的に説明すると……」

 

 

 

『全員参加の大貧民。トランプの使用方法は通常通り。単戦なのでカード譲渡はなし。毎回罰ゲーム有』

『勝ち抜いた者から順に『大富豪、富豪、小富豪、大平民、平民(複数)、小平民……』と一回限りの称号を得る』

『大富豪は罰ゲームが書かれた紙の入った箱から一枚だけ引く』

 

 まとめるとこのような内容だった。大人数でのゲームなので回転率も速そうだ。

 称号の中で平民だけは複数存在するが、それは人数調整のようだった。

 

「ルールは簡単だけど、問題は……」

 

 理樹の視線は不安要素を捉えていた。

 今は罰ゲーム用のネタを書く時間だ。それぞれ思いついたネタを小さな紙に書き込んでいる。

 近場にいる人達の呟きが聞こえてきたので耳を澄ます。

 

「……おお、そうだっ。富豪は廊下で女中さんに『ちょんまげはどこだ!』と聞く、と」

「平民は全員スクワット1000回、いや、10000くらいのほうがいいか?」

「大貧民は大富豪のほっぺにちゅー……そんな、照れちゃうよ僕っ!」

「モンペチ買え。ねこじゃらし買え。猫まっしぐらだなこれは」

 

 寧ろ不安要素しか聞こえてこない。

 更には少し離れたところで渚に怒られている秋生の姿も気になる。何を書きこんだのだろうか?

 

「僕もとんでもないのを書くべきかな。それとも安全策に走ろうかな……」

 

 迷いの溝に囲まれてしまった理樹だが、ちょっとだけ強くなった彼は勇気を振り絞り……。

 

「よし決めたっ。大富豪は富豪の浴衣の帯を殿様回しする、と」

 

 振り絞り過ぎていた。

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