目が覚めた。

 

 目覚まし時計の設定時刻に急かされたわけでもなく、寝苦しさによる不快感なんてものはまったくの皆無。

 微かに耳に届くのは鳥の囀り。

 僅かに開いているカーテンの隙間から入り込んでいるのは、暖かく差し込む陽光。

 春から住み始めたこの部屋は、毎朝微妙に違う顔を見せてくれる。

 ……そんな感慨も、あいつの言葉を借りれば『ただの当たり前』。

 それでも、俺にとっては、

 

 ──まるで、絵に描いたような……一日の始まり──

 

 

 未だに鈍ったままの思考を回転させる事も無く、半ば自動的にベットから抜け出す。

 唯一気を使った事といえば、不用意にベットを軋ませないようにする事だけ。

 立ち上がり、少し長めな伸びと言う名の両手を組んだストレッチ。

 天井近くにまで伸び上がった反り返っている指先から、体の節々、凝った関節に至るまで数時間ぶりの刺激が浸透していく。

 止めていた息を吐き出し、側に畳まれていたタオルを持ってバスルームへ。

 その途中、今まで自分が眠っていたベットを振り返り……何気なく行った気遣いが成功した事に対して、軽い満足を覚える。

 既に着崩れていたアンダーを脱ぎ捨て、俺はバスルームの扉を閉めた。

 

 

 

 半覚醒だった身体に叩きつける熱い水流。

 ……気持ち良く、程々に熱かった。

CLANALI-AFTER STORY  第一話

 五月。

 世間で言う大型連休も滞りなく終了し、いつもの毎日が始まった。

 先月の終わりには必要最低限の仕事を覚えだしたところだ。

 知らない事、知らなくてはならない事は山積みだったが、まだまだ新鮮な気分で日々を過ごす事が出来ている。

 正直言って学生だった頃と何が一番変わったのかと言い切る自信も無い。

 無い、が。

 それでもヒヨッコはヒヨッコなりに今を進んでいる。

 ……と、思いたいものだ。

 

 就職、進学、家業の手伝い。

 俺の知り合い達も、それぞれの道を歩み始めた。

 その内の一人……いや、二人と言うべきか?

 そいつらは恋人同士なのだが、二人揃って彼女側の実家が経営している自営店で働く事になったのだが……

 彼氏は既にその店舗兼住居に住み込んでいたうえ、彼女の家族とも親しく付き合っていた。

 その所為か、友人達はそいつに対して口々に『永久就職』だと祝福半分からかい半分な声援を送ったものだった。

 意味が通じるようでいてまったくもって単語の使い方が間違っていたんだが、ま、どうでもいいさ。

 そう言われていたあいつの不貞腐れたような顔も、はっきりと思い出せる。

 そもそも思い出すなんて言葉を使ったとしても、それは僅かひと月と少ししか経っていないのだから。

 

 だがそのひと月の間に、俺の幼馴染達には──理樹達にはちょっとした騒動があったらしい。

 電話で聞いたところによると、とある女生徒が転入してきた事が発端だったみたいだが……

 

 と、朝風呂あがりの髪をタオルで乾かしていた俺に、気だるそうな声がかかった。

 

「ん…… おはよ、恭介……」

「ああ、おはよう」

 

 眠そうな朝の挨拶。

 ベットの中から顔だけを覗かせている杏に、俺は言葉での挨拶を返し……

 もう一つ別の方法の朝の挨拶も行った。

 ……まったく。

 何度しても恥かしいな……これは。

 

 

 

 

「……へへぇ~」

「にやけるなよ」

「ふふっ。 だって仕方ないじゃない。 あの鈍感恭介が、今じゃ自分から……へへぇ~」

 

 ……はじめは抵抗したんだぞ? 結構本気で。

 だって俺だぞ? なんで朝っぱらからそんな恥かし桃色恋人起こしをせにゃならんのか、と。

 最初の一回は杏の甘えに負けて、二回目は目を瞑って待ち続ける杏の表情にやられて……

 気が付けば当然のように……

 って、完敗してんじゃねえかよ俺っ!?

 

「ぐあぁぁ……」

「……なに朝から頭抱えて転がってんのよ? っと」

 

 掛け声を出しつつ、ベットから起き出す杏。

 既にその姿には眠気という単語はかけらも存在していなかった。

 一度、『朝が強いんだな?』と聞いてみたところ、『誰かさんが刺激をくれるからね』なんて答えてきた事があった。

 どうやら俺の恥かしい行為は、こいつの目覚めに効果があるようだ。

 ……それなら、仕方ない。 これからも続けてやるか。

 そんな自分すら騙せない言い訳が頭をよぎったのはもちろん秘密だ。

 

「ん? 何?」

 

 俺の視線に気が付いた杏が、コーヒーを淹れる用意をしつつ、顔だけを振り返らせながら不思議そうに小首を傾げる。

 ……不用意にそういった顔を見せないでくれ。

 

「あ、あ~……なんだ? いいもんだな、ってさ」

「は?」

 

 仕草に見とれてたなんて言える筈も無く。

 

「……恋人にしてもらえる格好として、上位に食い込む伝統ってもんを目に焼き付けてる最中だ」

 

 言い訳、発動。

 

「ちょっ……恭介っ?」

 

 慌ててカップを置き、顔を赤らめながら羽織っている上着の裾を両手で下げる杏。

 

「裸ワイシャツってのは男の、ぐはっ!」

 

 言い訳、超失敗。

 床に置いてあったクッションを顔面に投げつけられ、再び床に転がる羽目になった。

 勿論クッションの痛みなんてまったく無い。

 この一連の流れは、ある意味お互いの照れ隠し。

 

 成長してるんだか、なんなんだか。

 これはこれで俺達らしい一日の始まりだった。

 

 

 新しく始まった生活。

 俺達は、今日も一日……頑張っていけるさ。

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