「……なにやってんだよお前の仲間は」
秋生は火を点していないままの煙草を口で弄びつつ、恭介から語られた話を呆れ口調で遮った。
彼の傍に置かれた灰皿には吸殻が小さな丘を作っている。
深夜。古河家の縁側において続けられていた『モテ期な理樹の束縛受難』と題された恭介の話。
心底どうでもいい、けれども当たり前な日常の話はこうして一応の幕を下ろした。
「いやまて。そもそもその面子の中にどうして風子が混ざってたんだよ?」
朋也の疑問も尤もだった。
「さあ。詳しくは聞かなかったが、二木と一緒にいたのが運の尽きだったんじゃないか?」
「っていうか聞いた感じじゃ風子の嬢ちゃんはノリノリだったような気もするが」
「……風子だしな」
三人の間に無言の理解が広がる。
ややあって、秋生が疑問を投げかけた。
「で? 結局誰が優勝したんだよ」
「……来ヶ谷だそうです」
「「は?」」
「ですから、実況席に座っていたはずの来ヶ谷らしいです」
秋生も朋也も理解できなかった。
実況が、優勝?
「盛り上がった終盤のどさくさに紛れて、理樹を拉致して逃げ出したらしいです……。高笑いと共に」
ちなみにその時来ヶ谷が言い放った言葉は「はははっ。君達のヒロインは頂いていくぞっ!」だったそうだ。
直後、どのような顛末を迎えたかに関しては言葉を濁す恭介だった。
「ま、あいつらはあいつらで相変わらずだったって事か」
苦笑と共に秋生が締めくくった。変わらない日常でなによりだ、と。
だが恭介は秋生の言葉を否定した。
「何言ってるんですか古河さんらしくもない。十分変わりましたよあいつらも」
「……変わったか? あの時のまま馬鹿やってるだけだろ?」
朋也の指摘は的確だった。
確かに馬鹿馬鹿しくも楽しそうな雰囲気が伝わってくるエピソードだったからだ。
「そんなことないさ。俺はこの話を聞いた時嬉しかったんだ。あいつらも進んでるんだなってさ」
「進む? ま、度合が突き抜けてきているって意味じゃそうかもしれないけどさ」
「違う違う。なんだよ朋也。お前も気が付いていないのか?」
朋也と秋生を交互に見た恭介は何かに納得したように、
「そっか。とても自然な流れだったから変化ってのも言い過ぎかもしれないか」
でも、笑顔で言いきった。
「輪を広げてくれているんだ。あいつらは。……俺がいなくても、さ」
朱鷺戸あや。
新しい、彼らの仲間。
「恭介、お前すっげぇ嬉しそうだな?」
「当たり前だろっ。朋也も一緒に喜ぼうぜっ」
「あのなぁ。俺は別にそこまであいつらの事に、って手を放せ手をっ!」
朋也の抗議も馬耳東風。
恭介は朋也の両手を握りしめてひゃっほーひゃっほーと踊り出した。
ぶんかぶんか振り回されてる朋也にしてみればいい迷惑だ。
「ははっ。そりゃ確かにいい事だ。違いない違いない」
秋生はそう言い、灰皿の横に置いてあったライターを取って咥え煙草に火を点けた。
「ふはー。ん……? オッサン。少し吸い過ぎだって」
恭介の手を振り解いた朋也が秋生の行動を窘める。
恭介も灰皿に積まれた灰の量に気がつき、心配気な顔を覗かせていた。
「うるせえ。アルコールが残ってるとニコチンが恋しくなるんだよ。恋せよ煙草ってモンだ」
「そんなに美味いんですか?」
「ああ?」
「煙草ですよ煙草。俺は一度も吸ったことがなくて」
恭介が秋生に問いかける。
そのまま恭介は朋也に向ってお前は知ってるか? という意図を込めた視線を向けた。
対して朋也は知らねぇよと眉をしかめるばかりだ。
すると紫煙をたゆたわせた秋生が一拍の間を置いて口を開いてこう言った。
「くそ不味い」
それでも、どこか満ち足りた表情で、
「だから美味いんだよ」
と。にやりと笑うその男は、どこまでも古河秋生その人だった。