「……なんでこんな事になっているのかしら」
佳奈多は自分の席で、テーブルに頬杖をつきつつ呟いた。
久々に予定の空きができた休日。急な連絡にも拘らず、電話をかけた相手、伊吹風子は二つ返事で遊びの誘いに乗ってくれた。
今日はそんな彼女と二人でのんびりとした骨休めをする心積もりでいたのだが。
「まず最初のバトルは、理樹くんクイズ! 『どれだけ彼のことを知っているのか?』だぁっ!」
ハウリングを伴った葉留佳の声が否応無しに部屋の中に響き渡る。
目の前に広がっているのは直枝理樹争奪戦だ。鈴と火花を散らしているのは今まで見た事もない少女だった。
幼さを感じさせているが、凛とした、それでいて特有の可愛らしさを身に纏った長髪の少女、朱鷺戸あやだ。
まだ彼女とは会話をしていないのだが、佳奈多はどことなく思った。
あの娘とは気が合いそうね、と。
しかし今気になる事はあやの事ではない。
「はいっ! その答えは風子です!」
いつの間に葉留佳は設問を言い終えていたのか。
出題に対して颯爽と返答しているのは風子だ。
佳奈多の視線が、その風子へと注がれる。何故あの子が参加しているのかと。
佳奈多は軽く頭を抱えた。
「残念。風子ちゃん一回休みです!」
「なんと。風子お休みですかっ!?」
不条理です、と叫んだところで風子の回答ミスが帳消しにされるはずもなく。
続いて回答権を手に入れた鈴がしてやったりという不敵な笑顔を浮かべていた。
その顔から読み取れる感情は自信か。一瞬の溜めを含んだ後、力強く声を上げた。
「答えはあたしだっ!」
「残念っ! 鈴ちゃんもアウト~っ!」
「なにいっ!?」
正否を判断する葉留佳は鈴の自信を一刀両断。
答えた鈴の体から、ゆるゆると力が抜けていく。
不可解だ、と呟いたところで結果は変わらず。あえなく鈴も沈んでいった。
最後に残された回答者はあやだ。
即答が求められる早押し形式の設問に対し、最後まで余裕の表情を浮かべていた彼女にはどれ程の自信があったのだろう。
誰にも答えられないと信じていたのか。正解を導き出せるのは自分しかいないという確固たる信念があったのだろうか。
そんな彼女の雰囲気を感じ取った鈴は、悔しそうにあやを見やる。
一方、同じく回答を間違えている風子はというと、フロントへの内線電話を手に取りメロンソーダの注文を終えていた。
まったく勝負への意気込みは感じ取れないが特に問題はないのだろう。
「ところで来ヶ谷さん。聞き逃してしまったのですが、問題はどういう内容なんですか?」
佳奈多が隣に陣取っている来ヶ谷へと質問を促す。
ふと疑問に感じたのだ。
風子の回答は別として、あの鈴までもが間違えたという設問が気になった。
そもそも問題の観念は直枝理樹に関する諸事情を元にしている筈。
でなければ理樹本人の事をどれだけ知っているのかという勝負にならないからだ。
「棗鈴は答えを自分だと言ってましたよね。それが間違いだったのだとしても、問われた問題としては……そうね」
佳奈多は来ヶ谷の返事を聞く前に自分の予想を立てた。
「『直枝理樹の幼馴染の内、彼が一番好きな人は誰か?』かしら。……いえ、それは微妙ね」
それが質問だとしたら、一番好きに該当する人物が鈴ではない可能性もあったからだ。
彼女の兄、棗恭介の存在が。
途端に佳奈多の脳裏には彼の姿が思い描かれた。
恋とすらも断言できなかった儚い想いと共に。
あの朴念仁め。
心の中でだけ恭介に文句を垂れておいた。苦味を含んだ笑顔と共に。
「『直枝理樹の心を一番埋めている女性は誰か?』ってところかしら」
設問の予想を言い直した佳奈多に来ヶ谷が口を開く。
同時に、にやり、と。
「残念。正解は『直枝理樹の心の中で、一番の存在感を生み出している人物は誰か。主に筋肉的な意味で』だ」
「そんなの間違える方が難しいわよっ!」
予想を斜めにぶっちぎった真実を聞き、佳奈多はつい叫び声を上げてしまった。
「『筋肉的な意味で』なんて注意があったのなら井ノ原真人しか思い浮かばないでしょう! 寧ろ他の答えが意外すぎるわよ!
大体風子はそんな質問に対してどうして自分の名前を答えるのよ! しかも自信たっぷりと! 筋肉少女なの貴女はっ!?」
「絶好調だな二木女史」
「それに棗鈴もありえない! どう考えてもサービス問題でしょうそれは! 筋肉って何よ筋肉って!」
仄かに思い描かべていた思い出を吹き飛ばしてくれた珍回答に、憤りを露にしている佳奈多であった。
無論八つ当たりにすぎないのだが。
そんな乙女心爆発中なタイミングと被さったのがあやの回答だった。
「言うまでもないわ。答えはあたしよっ!」
「お前もかっ! お前もなのか! 朱鷺戸あや! 貴女に感じた共感を返せ! 返しなさいよ今すぐにっ!」
「その、なんだ。二木女史……。君だとは考えたくない言葉遣いになっているのだが……」
理樹の身動きが取れない今、残されたつっこみ役である佳奈多は獅子奮迅の活躍をしていた。
参加者三名を置き去りにする勢いの暴走でもあったが。
「うん、きっとみんなおかしなスイッチが入ってるだけだよね。そうだよね。……誰かそうだと言って」
色々な事を達観しつつある理樹は、人知れず涙を零していた。