「いい加減に慣れたらどうなの? 何度同じ事を言わせるのよ?」

 そう言われてもだな…。

「毎年正月だけの事でしょう。 普段はまったく接点が無いのだからこの位我慢しなさい」

 それでも苦手なものは苦手なんだ。

 こればっかりはどうしようもない。

「お山の本家連中に対してあれだけの啖呵をきったのは誰?」

 俺だ。

「頭の固い本家の人間を、ここまで懐柔することが出来たのは一体誰の仕業?」

 もちろん俺だ。

「…こんな私とずっと一緒にいてくれたのは……誰?」

 俺しかいないさ。

「これが終わったら私達の部屋でゆっくりとお正月をすごしましょう? だから…」

「わかった。 わかったよ、俺の負けだ」

 ここまで言われてうだうだしていられないさ。

「初めからそう言いなさい。 まったく、時々腰が引けるのは相変わらずね」

「……あえて反論はしないさ」

 色々と理解されすぎている気がするが、それも今に始まったことじゃない。

 そう思えるだけの時間を共有してきたんだ。

 

 ……それじゃぁ行こうか?

 

 

 俺は手を伸ばす。

 

 

「行こうか、佳奈多?」

 

 

 佳奈多は見慣れた表情…優しさを含んだやれやれといった笑顔を浮かべて、

 

 

「行きましょう、恭介」

 

 

 俺の手をとってくれた。

 

 

 …この足は歩き出す。

 

 

 毎年訪れる過酷、『彼女の実家への挨拶』へと。

a distance ─彼方─ <佳奈多AFTER>

 俺と佳奈多は愛し合った。

 お互いがお互いを必要とした毎日。

 それが積み重なっていった結果、いつの間にかお互いを求めるようになっていた。

 精神的にも、肉体的にも……世間で言う『恋人』として。

 仲間達からは祝福の嵐だった。

 当初は『勝手にしろ』といった反応しか示さなかった鈴も、いつの間にか佳奈多に懐くようになり仕舞いには『姉貴』とまで呼んでいた。

 一方実の姉妹である三枝に至っては毎回俺に対する呼び方が違った。

 『お兄ちゃん』・『兄上』・『きょーちゃん』・『上手く口説いたコンチクショウ』等など……

 呼ばれる俺の立場を考えて欲しかったというのは贅沢な悩みだったのだろうか?

 ……個人的には『お兄ちゃん』が、…いや、なんでもない。

 問題があったとすれば、その、なんだ。

 基本的にルームメイトがいたからな…

 まぁ、そういった二人だけの時間を作ることが、なぁ?

 実際何度か佳奈多のルームメイトだった能美には気を使わせてしまった。

 とはいえ二人だけで過ごすなんていうもったいない選択は、初めから存在していなかった。

 リトルバスターズ。

 最高の親友が守り抜いてくれた聖域。

 俺達は卒業までリトルバスターズの仲間達と過ごしていったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、今年も無事に洗礼を受けたわね」

 含み笑いというかなんと言うか、佳奈多の奴は俺の気苦労を知ってる上でそんな事を言い出した。

「こっちは大変な労力を必要としてるんだぞ? 少しは労わってくれてもいいんじゃないのか?」

「わかってる」

「お」

 腕が暖かいなにかに包まれる。

「これはどう? 普段は味わえない幸せじゃないの?」

「ああ。 ……幸せだ」

「馬鹿。 ……本当に馬鹿ね…」

 佳奈多が組んでくれている腕から、体温とは別の何か…暖かい何かが伝わってきた。

 

 

 

 

 

 佳奈多の本家は俺達の関係を知り、当然のように引き離しにかかってきた。

 あっちにはあっちの正義があったのだろう。

 だけど俺にとっても、俺達にとっても譲れない大切なものがあったんだ。

 …それも言葉を変えれば正義、と言えるものだったのだろうか。

 ──正義の反対語は悪じゃない。 別の正義だ。──

 上手い事を言う人もいたもんだ。

 確かにその通りだった。

 え? 引用元?

 いいじゃないか。 アニメが好きで何が悪いんだよ。

 とにかく足掻いた。

 出来ることはどんな事でもした。

 …時間もかかった。

 …挫けそうにもなった。

 でも、俺達のたどり着いた先は…

「毎年酷くなっていくわね、本家の貴方に対する対応」

「……どうにかしてくれ、いや真剣で」

「ふふっ、ありがたいことじゃないの」

「ったく、なんだかな…」

 

 『この男を逃がすな』

 『どんな手を使っても我が家に取り込み続けろ』

 『佳奈多、よくやった』

 『…で、子供はいつだ?』

 『まさか佳奈多を捨てることはないだろうが……わかっているよね恭介くん?』

 『なんでこの家に住まないんだっ? なにが不満なんだっ! あれか? 夜の生活で気を使っているのか?』

 『いっそのこと二人専用の離れを増築してだな…』

 

 今では過去の対応が嘘のような歓待ぶりだった。

 ……俺、そんなとてつもない事でもしたのか? あの人達の反応は留まる事を知らない。

「自分がしでかしたことでしょう? そのくらい笑って背負ってみせなさい」

「おいおい…」

「と言っても私はあそこに住むなんて願い下げよ」

「? 佳奈多?」

「……貴方と二人で暮らしているあの部屋がいいって言ったのっ!」

 そんな顔を赤くさせながら言われたら…

「ははっ! 俺もだ」

「なにがおかしいのっ!?」

「……可愛いよ、佳奈多」

「──っ! 馬鹿っ!」

 

 

 

 

 一月一日。

 夜の帳がとっくに落ちきった深夜。

 俺達は腕を組みながら、大切な場所を目指して歩き続ける。

 それは、もう一つの聖域だ。

 俺と佳奈多、二人にとっての聖域。

 

 

 

 

 さぁ、帰ろう。

 

 

 二人で過ごしてきた、あの部屋へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして……──



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