「試合をしようぜ! 相手チーム名は……古河ベイカーズだ!!」
「はぁ? 恭介、お前何言ってんだ?」
恭介の言葉に真っ先に反応を返したのは真人だった。
周りに目を向けると全員そろって(何を言っているんだ、こいつは)といった顔をしている。
あ、来ヶ谷さんや西園さんまでぽか~んとしてる。これは珍しい。
と言っても僕だって唖然だ。
だって野球だよ? 運動だよ?
あの事故からしばらく時間はたったものの、僕達の修学旅行が終わったのはつい先日の話だ。
そう、傷の治りきっていない恭介が退院してきてからすぐに実行された、リトルバスターズ面々による再修学旅行が。
『全員集合。緊急事項』という内容のメールが届いたのは今朝。
みんなが食堂に集まるやいなや、何の前フリもなく試合をやろうと言い出したんだから、全員びっくりするのも当然の事だ。
恭介の怪我は、まだ完全に治りきってはいないんじゃないか?
練習だってあれ以来まともにしていないっていうのに。
しかもいつの間にか対戦相手まで決定しているらしい。
「わふー。目がしぱしぱしますー」
「うー。まだねむいよぅー」
……数名やや違った理由でぼーっとしていたみたいだけど。
「俺達リトルバスターズの記念すべき二試合目だ。これは勝ちに行くぞ! 相手は草野球……」
「ちょっとまて恭介」
なぜか早朝から妙にテンションの高い恭介の台詞を断ち切って謙吾が言い含めるように話し出した。
「とりあえず待て、そして落ち着け。試合をするのはかまわん。むしろ俺としては願ったりかなったりだ。
確認しておきたいんだが、その試合をするのは何時だ?」
「もちろん明日だ。相手チームには学生が多いからな。日曜日はうってつけだろう」
「あほかっ! 突然すぎだ! みんなへの嫌がらせかっ! こまりちゃんなんて今でも夢の中なんだぞ!」
いやいやいやいや。最後は関係ないから。
「ふむ。無防備なこまり君というのもなかなか悪くない。これはこれでポイントが高いものだな。
是非ともこのまま部屋に連れ帰ってあーんなことやこーんなことをしてしまいたくなるところだが恭介氏、
一つこれだけは確認しておかなければおかないことがある」
来ヶ谷さんがいつもより少しだけ真剣な目をして恭介に尋ねる。
「ん? なんだ?」
「君は大丈夫なのか?」
恭介の体のことだ。確かにそれは皆が心配している事だった。僕を含めた全員の視線が恭介に集まる。
「来ヶ谷が小毬を連れ帰っていたずらしてもいいかどうかか?」
「違うよっ! 恭介のことだよっ!」
つい恭介につっこんでしまった。
「なにっ! 俺を連れ込むのか?」
「体の心配しているんだよっ!」
「理樹。俺と来ヶ谷がそんな事をしたら確かにスゴイことになりそうだが、朝からエロスな想像とはお兄さん悲しいぞ?」
「わふっ! そうなんですか? びっくりです! あだるてぃーですー。わ……わふぅー」
「違うよ恭介! まじめに心配しているんだよ? それにクドも落ち着いて! いつもの冗談だからね!?」
「ありゃりゃ、そーなんですか。せっかくオモシロイ話だと思ったんですがネ?」
「残念ながらおねーさんはクドリャフカ君の方が色々と好みなんだ。申し訳ないがね。
……もう一度だけ尋ねよう恭介氏。体の怪我は心配せずともよいのかね?」
恭介は少しだけまじめな顔をした後、いつも僕に見せるようなあの恭介らしい笑顔を見せてから、
「もちろんだ!!」
そう、はっきりと宣言した。
「よろしいでしょうか?」
一息ついたところで西園さんが恭介に声をかけた。
「お? 何だ、西園?」
「先ほど恭介さんがおっしゃっていた対戦相手のことですが、ベイカーズ、というのは?」
「ああ、古河ベイカーズ。 草野球チームのチーム名だ」
「ベイカーズ? なんだそりゃ?」
真人はわけわからんといった様子で聞き返した。
「パン屋さんのことだよね!」
ようやく目がはっきりしてきたのか、小毬さんがふにゃっとした笑顔で答えた。
「きっとふわふわの焼きたてパンみたいないーひと達の野球チームなんだよー」
どんな人達だ? 焼きたてパンって?
「まあ実は俺もそのチームのことに詳しいわけじゃない。たまたま昨日そのチームの監督兼・リーダー兼・
オブザーバー兼・ピッチャー兼・アッキ-様と呼べっていうオッサンと知り合ってな」
何人分だそれ。
「これも何かの縁だ、いっちょ青春してみるか! って具合に話が進んだんだ」
「なんにせよ俺は参加だ。みんなはどうなんだ?」
謙吾が周りを見渡す。
「まかせとけっ」
「いーよー」
「もちろん参加ですヨ」
「おねーさんも問題ない」
「れっつ・ぷれいんぐ・うぃず・ゆー!」
「ご同行します」
「僕ももちろん参加するよ」
みんな笑顔で答える。でも……
「やっぱりあたしがピッチャーなのか?」
鈴が不安そうに恭介に尋ねる。
「この前の運動部ゴリラみたいなやつばかりじゃないか? あたしは真人でギリギリだぞ? むしろアウトだ」
「アウトかよ!? セーフだろ!? 幼馴染だろ俺達!?」
「顔がちかいんじゃぼけーーーーーーっ!!」
「ぶほっ!!」
詰め寄った真人に鈴のハイキックがカウンター気味に入った。
「安心しろ鈴。オッサンによると古河ベイカーズのメンバーは学生、女の子が多いそうだ。それもかわいい、」
「何っ!?」
あ、来ヶ谷さんのなにかにもスイッチが入った。
「それは何か? その子達と試合をする時はくんずほぐれつして良いのか? かわいい女の子達とのクロスプレーもありか?
勝ったら持ち帰っても訴えられないのか?」
いろいろ駄目だ。
「それは明日のお楽しみだな。なぁ鈴。俺たちみんながサポートする。いつでもだ。心配するな」
「そ-だよ。鈴ちゃん。あんしんしてよー」
「鈴ちゃん、わたしもついてるヨ。まかせなさいって」
「……うん、わかった。あたしも参加する」
鈴は何かを決意したように続けた。
「でもみんなも心配しすぎないでいてくれると助かる。できる限り弱音ははかない。頑張る」
……みんなのなかになんともいえない感情が広がる。
うん、僕も頑張れる。今までだって、頑張った。これからも、頑張れる。
「じゃあ朝ごはんを食べたらさっそく練習しようよ。みんな、いいかな?」
僕の声にみんなが答える。
この日から始まったのは、僕たちの新しい時間だった。
そして……とても、とても長い物語だった。